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05x11 – Synecdoche 感想2

 POI感想の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

 前回記事はこちら

yuifall.hatenablog.com

 一方フィンチは一人で(マシンと二人で?)盗んだ車でテキサスに向かっていました。

 

Comforting, isn't it? Fixing something. Creating order amidst chaos.

快適ね、そうでしょ?何かを修理するのは。混沌の中に秩序を作り出す

Where are you going, Harold?

どこへ行こうとしているの?ハロルド

You're all-seeing. Shouldn't you know?

君は全て見ている。知っているんだろう

Touché.

それは一理あるわ

Well, you've been through quite a bit of trauma, so it's possible you're ready to disappear for good.

あなたはトラウマに残るような経験をして、良かれと思って消え去る準備をしている可能性がある

We are on our way to Texas, though. Samantha Groves was born there. Perhaps you plan to pay your respects?

でも私たちはテキサスに向かってるわ。サマンサ・グローブスはそこで生まれた。敬意を表しに行くのかしら?

There's also an air force base on the way that's a little more than meets the eye...

でも途中の道に空軍基地がある、これは見た目以上の意味があるみたい…

Stop. I don't want to hear this in her voice.

やめろ。私は彼女の声でその言葉を聞きたくない

Is this better, Harold?

この方がいいか?ハロルド

How do I know that voice?

その声を私は知っていたか?

Mr. Kiernan, your sixth grade earth science teacher. You always found his presence comforting.

Kiernan先生。君が6年生だった時の地学の教師だ。君はいつも彼の存在を心地よく感じていた

I don't want to hear that either.

私はそれも聞きたくない

That's all right. Mr. Kiernan lived most of his life before the digital age. I can only achieve a 63% approximation of him.

それはよかったわ。Kiernan先生は人生の多くをデジタル時代の前に過ごした人だから、63%しか似せられないの

I'll stick with this unless you decide otherwise.

あなたが他のに決めない限りはこれにする

You're still upset.

あなたはまだ混乱してる

I don't expect you to understand the loss of Ms. Groves.

私は君にグローブスさんの喪失を理解してもらうことは期待していない

But I do understand. I loved her. You taught me how.

でも、私にはとてもよく分かるわ。彼女を愛してた。あなたが愛し方を教えてくれた

 

Now, where were we?

ええと、どこまで話したかしら?

I didn't teach you how to love.

私は君に愛し方など教えなかった

Of course you did. You taught me to see everything, see everyone, and I do.

もちろん教えたわよ。あなたは私に全てを見るよう教えた。全てを、そして全員を。そして私はそうしてる

But I see thousands of versions of them: what they were, what they are, what they could be.

でも私には彼らの何千通りの可能性が見えるの。過去、現在、未来

And what is love if not being seen?

もし見られていなかったなら、愛って何なのかしら?

Then why not choose one of the thousands as your voice?  Why her?

それではなぜその何千もの中から声を選ばなかった?なぜ彼女なんだ?

Samantha Groves was special. She was capable of terrible things, but she chose to do good.

サマンサ・グローブスは特別だった。彼女は悲惨なことをする能力があった、でも善人であることを選んだ

Well, ever since she found you, at least.

そうね、少なくとも、あなたと出会ってからは

I watched her die 12,483 times in the seconds before she expired. I couldn't save her, but I kept trying.

私は彼女の命が尽きる前まで、一秒の間に、彼女が死ぬのを12,483回見たわ。私は彼女を救えなかった。でも救おうとし続けた

You can't conceive of my grief because you can't experience it like I do, but it's there.

あなたには私と同じ悲しみを抱くことはできない。だってあなたは私がするような経験はできないもの。でも、悲しみはそこにあるの

My approximation of Samantha Groves is 99.6% accurate.

私のサマンサ・グローブスとの近似性は99.6%の正確性よ

We are virtually indistinguishable. I find comfort in that.

私たちはヴァーチャルには区別できない。そしてそれが心地いいの

So where to, Harry?

そして、どこへ行くのかしら?ハリー

 

 この会話で、マシンが「愛すること」を知っていることが語られます。そして、ルートを助けようとしたことも。

 マシンは「フィンチが好きだった人」としてかつての先生の声を出してきますが、これがネイサンやお父さんの声だったらフィンチマジ切れしただろうな。

 

 ところで

My approximation of Samantha Groves is 99.6% accurate.

ってどういう意味なんだろうか?「私はルートを99.6%の正確さで再現できる」ってことなのか、「私とルートは99.6%似ている」ってことなのかで全然意味が違うと思うのですが…。

 前者だったら、「ルートをよく見て愛したから、彼女をほぼ正確に再現できる」=マシンの中でルートは生きている、ってことになって納得できるんだけど、後者だったらASIと特定の人間の思考が99.6%一致するなんてありえなくない?マシンしょぼくない?ってなるやん?

 次の

We are virtually indistinguishable. I find comfort in that.

で、後者の意味なのかな?と感じたのですが、一方で「私はルートに限りなく似せられるから彼女の声を選んだ。彼女みたいに喋るのは心地いいの」って言っているようにも感じる。

 あと、S4S5のマシンとルートの行動を見ていると、99.6%も思考回路が似ているとは思えないんだけど…。私の中では、

「私はサマンサ・グローブスを99.6%の正確さで再現できる。ヴァーチャルには区別できないほどね。それが快適だって気づいたの」

っていう感じかなと思ってます。ルートっぽく振舞うことが自分にとって自然だと。

 

 次に、コーヒーショップでも2人は会話します。

 

Careful, it's hot.

気を付けて、熱いわよ

Oh, I've learned to deal with pain.

痛みの対処法は学んできたよ

You shouldn't have to.

そんな必要なかったのに

I'm not quite sure who I'd be without it. Pain tethers me to the world.

痛みがなければ自分がどうなっていたか分からない。痛みが私と世界を結びつけるんだ

Is that why you never had surgery? You want to live in pain.

だからあなたは手術を受けなかったの?あなたは痛みの中で生きることを望んでる

Justice is important, and all my crimes have gone unpunished.

正義は重要だ。そして私の全ての罪は、まだ罰されていない

Even you.

君のことさえ

You think of me as a crime?

あなたは私を罪だと思っているの?

Perhaps.

おそらくね

But I was created to do good.

でも私は善いことをするように作られたわ

Intentions can be a fickle business.

意図は望まない結果を生むこともある

In the '30s, refrigeration required the use of highly combustible chemicals: ammonia, propane.

30年代、冷蔵庫には可燃性の高い化学物質が必要だった。アンモニアや、プロパンだ

They were incredibly dangerous.

それらは非常に危険だった

Then a chemist named Thomas Midgley devised a replacement compound that we know as Freon.

そしてトーマス・ミジリーという科学者は代替物を考案した。我々はそれをフロンとして知っている

He saved lives, advanced science, changed the world.

彼は命を救ったのね。発達した科学技術で世界を変えたわ

But that's not the end of the story, as you well know.

でも物語はそこで終わらない。君も知っての通りだ

50 years after his death, the scientific community was appalled to discover that Freon had been ripping holes in our ozone layer, causing irreparable harm.

彼の死後50年がたって、科学者たちはフロンがオゾン層に穴をあけ、修復不能な害をもたらすことを発表した

Midgley turns out to be one of the most destructive figures in history.

ミジリーは歴史上最も環境破壊を行った人間の一人になってしまったんだ

He wasn't a supervillain, Harold.

彼は極悪人なんかじゃなかったわ、ハロルド

Midgley was just a man, a man who wanted to improve the world around him through science.

ミジリーはただの人間だった。ただ、科学の力で世界をよくしようとした人間だった

If it's the sum total of your contributions to the world that's worrying you, Harold, I have a solution.

もしあなたの世界への貢献の合計得点が心配なら、ハロルド、解決策があるわ

Which is?

つまり?

Allow me to reach my full potential.

私の力を全て使わせて

I'm not sure I can do that.

それはどうだろう

You want me to do good, so why impose restrictions on me?

あなたは私によいことをしろと言った。なのになぜ制限を科したの?

We save lives. We've saved lives.

私たちは命を助ける。命を助けてきた

Yes, but only so few.

そうよ、でもごくわずかだった

Think of everything I must see in order to identify the numbers.

番号を特定するために私が見なくてはならなかった全てについて考えて

Millions of people caught in cycles of anger and violence, and all I can do is watch, powerless, as humanity repeats the same mistakes over and over.

多くの人々が怒りと暴力に支配され、私ができることは見ることだけ。無力だわ。人々が同じ間違いを何度も何度も繰り返すのに

You built me to help people, but I have been unable to effect real change, to fulfill my purpose.

あなたは私を人を助けるように作った。でも私は本当の変化をもたらすことができなかったし、目的を達せられなかった

I could help so many, yet you've shackled me.

私は多くを助けられたのに、あなたが足枷をはめたの

I wanted to keep you safe.

私は君を安全に保ちたかった

But you're right.

だが君は正しい

For so long, I have intended nothing but good, and it hasn't gotten us very far.

長いこと、私はよいことだけをしようと試みてきたが、うまくいっていないようだ

Perhaps it's time for a different tactic.

違う戦略を用いる時だろう

 

 最初の会話の時も考えたのですが…。マシンは人を愛することを学んだのなら、憎しみや軽蔑だって知っているはず。ここでは「私に全ての力を使わせて。見ているだけなんて」と言いますけど、フィンチの意図は本当にそんなところにあったのかなあ。だってマシンが知っているのは愛だけじゃないでしょ?嫌いな人間とか卑劣な人間、怒りと暴力に支配された人間も同じように助けることができるの?マシンに全てを委ねるということは、結局ASIによる選別を容認する行為じゃないの?

 ルートとフィンチの意見がかみ合わなかったように、ここでもマシンとフィンチの意図は噛み合っていないと感じます。何度も書いたけど、フィンチはもともとマシンを「テロを検知するシステム」として開発した。その目的を達するために「人の殺意を認識する」ようプログラムし、そのために「人をよく見て、知り、人の行動や意図を学べ」と教えた。つまり、そもそもあらゆる人を助けるシステムとして作ったわけではないですよね。単に、大前提として「人に友好的なASIであれ」と教えただけで。

 だって、マシンが言う「もっと人を助けられた」ってどういうことなの?人間から怒りと暴力を消し去ることができると思う?本当の変化って何?それはASIによってなされるべきこと?方向性はもしかしたら違うのかもしれないけど、それをマシンにさせることはサマリタンにさせることと本質的に何が違う?絶対に、あらゆる人を助けることなんてできません。できるとしたら、あらゆる人を殺した時だけだろう。フィンチはその可能性を常に危惧していました。

 フィンチは別にASIの介入は望んでなかったと思う。人間が自分で決めて自分の判断で動く「あるがまま」の世界を容認していたと思う。単にテロを防ぎたかっただけで。マシンをブラックボックスにした意図やその後の心境の変化については今までも散々書いたので繰り返しませんが、なんにせよASIに「変化」を委ねるのは違うよね。フィンチはここでも「全ての力を与えて」と言ったマシンには「どうだろう」と否定的に返しています。「君は私の罪だ」と言っている。

 一方、「君は正しい」と言ったのは、「足枷がはまっていては事が成し遂げられない」という点に対してであって、これもマシンのことじゃない。自分のことです。自分に「正しい生き方」というルールを科し続けていたからできなかったことをこれからしようとしている。

 

 人間のことは人間が決めるべき、というフィンチのfirst principleに共感する一方で、多分世界は徐々にAIに決定権を委ねる方向に進むだろうとは思います。好むと好まざるとに関わらず。すでに、私も含めて多くの人間が仕組みも分からないデバイスに頼って暮らしてる。「同意が必要なアプリケーション」の文面をよく読みもしないで同意ボタンをチェックし、次のページに進んでいます。便利であれば原理など考えない。そうやって徐々にAIに決定権は置き換わっていくと思う。それがどのようなスピードで進むのかは私には分かりませんが。

 だからいずれはマシンが言うような世界になるのかもしれない。AIが全てを監視し、人間同士のいざこざに介入するような。ただし現時点ではAIの裏には必ず、そのデータを取っている人間がいることを忘れてはならないと思いますが…。

 何にせよ、フィンチの意図がAIに人間の運命を委ねることになかったことは明らかです。そして、最後の戦いも自ら成し遂げようとしている。

 

 あと、痛みについての会話も考えさせられました。リースの「世界と自分を結び付けてくれる人」という独白で始まったPOIですが、フィンチと世界を結び付けていたのは「痛み」だったことがここで分かる。これはフェリー爆破の時に負った傷の痛みで、つまりはマシンを作った罪、ネイサンとグレースを失った痛みだろう。フィンチと世界を結んでいるのは最初からずっとこの2人なのか。

 POIの結末については今までも散々色々書いてきましたが、やっぱりここでも思うんですよね。フィンチはずっとネイサンとグレースに縛られて生きていくのかって。次回、「マシンがない世界のシミュレーション」で分かるのですが、リースにはフィンチがいない人生は存在しなかった。ジェシカを救っても、フィンチと出会えない場合は死亡していることが分かります。リース生存のための必要条件はフィンチとの出会いだった。一方、マシンがない世界では、フィンチにはネイサンがいました。

 フィンチはマシンを作ったことでネイサンを失い、グレースと出会って別れた。でも代わりにリースと出会い彼を救った。それなのになぜ、最後、2人で仕事を続けながら生きていく結末にならなかったんだろう。マシンが世界を変えたことの一つの象徴として、リースには生き続けてほしかったです。そしてフィンチには、マシンを生みだしたことで負った「痛み」を、リースによって救われてほしかった。そうすることで「救った人に救われる」という一つのストーリーが完結したのではないだろうか。本編でも「リースがフィンチの命を救う」ことでそれは描かれてはいるのですが、リースの死によってフィンチにさらなる「痛み」を負わせる終わり方でもあります。

 ここでフィンチは「私の罪の全てはまだ罰されていない」と言う。あのラストは、リースの死こそがフィンチに対する罰だったということなんだろうか。それともフィンチは結局罰を受けなかったということ?

 すっごくソースが曖昧なんですけど、どこかで、『ジム・カヴィーゼルさんが、「リースはフィンチの“罪喰い人” Sin-eater だ」という発言をしてた』みたいな記載を読んだことがあって、つまりそういうことなの?リースがフィンチの全ての罪を負って死んだということ?

 POIの結末については、何度も、“こう受け止めてる”とは書いてきてるけど、それでもやり切れなくて何度も考えてしまう。

 まあこの辺は勝手にリース生存if妄想で補完するのでまあ置いておいて…。

 

 フィンチはとうとう目的の場所に辿り着きます。

 

Don't tell me we've already run out of things to talk about.

ねえ、もう話すことがなくなっちゃったなんて言わないでね

We've discussed pretty much everything, except for what I'm here to do.

全てにおいてよく語り合ってきただろう。私がなぜここにいるかを除いては

I know what you're here to do, why you've driven all this way.

私はあなたがなんの目的でここに来て、なぜずっと運転してきたのかも知っているわ

And I know I can't change your mind.

そしてあなたの心を変えられないことも

I won't try.

変えようとなんてしないけど

Then you must also know that this virus is our only chance to defeat Samaritan.

それなら、君はこのウイルスがサマリタンを倒す我々の唯一のチャンスだと知るべきだ

The virus you're appropriating, Ice9, could bring Samaritan to its knees.

あなたが着服しようとしているウイルス、Ice9ね。それはサマリタンを跪かせることができる

But its use will most certainly cause significant collateral damage with devastating consequences.

でもそれを使えば壊滅的な結果を伴う重大な副次的被害が生じるでしょうね

I understand.

分かっている

Just as I understand what I must do now.

今すべきことを理解しているのと同じくらいね

There's no other choice.

他に道はない

Although I have made another choice of sorts regarding your voice.

だが私は君の声について一種の選択をした

And what did you decide?

何を決めたの?

In life, Root was your conduit.

生きている間、ルートは君とのパイプ役だった

So despite my reservations, it seems only appropriate that she continue in that function.

だから私の懸念にも関わらず、彼女がその役割を果たし続けることが唯一適切なように思われる

And I must confess... hers is a voice that I miss... deeply.

それに私は告白しなくてはならない。彼女の声こそが、私が恋しく思う声であると…とてもね

Aww, Harry, you sure know how to make a girl feel special.

ああ、ハリー。あなたは女の子を特別な気持ちにさせる方法を知ってるに違いないわ

 

 Ice-9とかについても色々と言いたいことはありますが、最後のマシン/ルートの嬉しそうな発言が萌えすぎたわ…。吹替では「女心が分かってるのね」になってました。フィンチやりよるな…。さすが女に引力が働く男…。言われたフィンチがニヤッと笑うのも好き。ルートが言うみたいにマシンが返してくれたの嬉しかったんだろうなって。ルート、ツンデレのツンが強すぎる相手ばっかり好きだったから(フィンチ&ショウ)、たまにデレられるとたまんないよな。

 そして前回「機械の中の幽霊」がリースだったら…って考えたので、この会話リースの声でも妄想したわ。フィンチに「Miss me?」と聞いては無視され続けてきたリース君ですから、ここでは「ついに俺が恋しいと認めたのか?」とか言ってくれそうですね。

 

 さて、コンピューターウイルスIce-9ですが、これは周囲にも甚大な被害をもたらすことがこの時点で語られます。このストーリー、色んな意味で示唆的だと感じた。

 まず一点目、フィンチはマシンを「テロを防ぐ」目的で作ったにも関わらず、最後テロリストになって終わることに驚きました。そもそも刑務所を停電させて囚人600人を脱獄させてるし、今からしようとしているIce-9の起動は明らかにサイバーテロです。確かに戦争状態におけるテロ行為は「テロ」ではなく「攻撃」なのかもしれませんが、この場合、巻き込まれる一般人には戦争状態であるという認識はないわけですよね。何らかの思想に基づいて、戦争状態であるという認識あるいは合意がない一般市民に多大な被害をもたらす攻撃はテロ以外の何物でもない。アメリカは悪であると信じて9.11を起こしたテロリストとやっていることは同じでは?彼らにとってあの行為は「ジハード」、つまり聖戦だったわけだから、要は彼らの中では戦争だったわけです。「正しい」ことをしていては勝てない、だからテロを起こす。9.11を機に始まったストーリーがフィンチのサイバーテロで幕を閉じるというのは、どういう意図なんでしょうね。テロやむなしってこと?

 二点目ですが、それに関連して、このエピソードの「大統領すら“有用”ではなかった」というのは、すでにサマリタンが国家という概念を崩壊させあらゆる人間を「無用」とみなしていることを示すと同時に、マシンが番号を出したからといってそれが「無用」番号であるとは限らないということも同時に示唆しています。つまり、前回マシンはフィンチの番号を「有用」番号として出していたことが今回分かった。そもそも番号を出す必要がなかったのに出したというのは前回書いた通りですが、出すとしたら、フィンチが被害者となって世界がサマリタンのものになるにせよ、フィンチが加害者となってサイバーテロを起こすにせよ、どちらも全世界にmassiveな被害をもたらす行為であって「有用」なはずです。それなのになぜチームに番号が来たのかが今回明らかになる仕組みになっていました。

 三点目ですが、Ice-9はサマリタンだけではなく世界のネットワークを破壊することが示唆されます。POI世界ではフィンチがハッキングで世界にネットワークをもたらした設定になっているので、今のネット社会をフィンチが作り、そして破壊することが示唆される。さらに言えば、マシンを作りIce-9によってサマリタンもろとも破壊するのもフィンチです。

 最後、これらを受けて、これは一神教における神話に近いなと感じた。もっと具体的に言えば、キリスト教です。フィンチは慈愛と破壊の二面性を持つ創造神(父)で、マシンは「神の子」のように思われます。マシンは神によって地上に遣わされ、人間のために尽くしたが殺されてしまう。そして蘇り、その後また死ぬ運命にある。ルートはマグダラのマリアかもしれない。そしてフィンチはまた、聖母マリアでもある。マシンは肉の交わりを介さずに母だけから生まれた子です。「身ごもった女性のようにコードを夢見た」って言ってたよね。だからフィンチはマシンの父であり母でもあったのかなと。

 更に言うと、今までのサマリタンの主張も、「地上楽園、原罪による堕落後の世界、最後の審判」というキリスト教の終末論に類似しています。次回、「ノアの箱舟」的なことを言い出すのも似てる。今までは東西冷戦になぞらえてマシン(西側)vs サマリタン(東側)のイデオロギー的対立を強調してきたわけですが、実のところその共通の父であるところの「神」はもともとフィンチ一人だったんだなーってこの回見て思った。その上それはキリスト教の「神」で、その神様がハルマゲドンによって全てを滅ぼし、アメリカ的民主主義の象徴であるところのマシンが蘇ると。そういうアメリカ礼賛的なストーリーとも読めますね。だからフィンチのテロ行為のみは容認されうるのかもしれない。

 

 フィンチは一人の人間として自分が作ったものの責任を取ろうとする矮小な存在でありながら、全てを生み出し破壊する神としても描かれるのが面白いなと思います。一方でフィンチの神性や「正しさ」への原理主義が最終的にテロリズムに向かっていくさまがやりきれなくて…。ここまで深淵を覗いて、普通の人生に戻れるとは思えないのですが…。

 

 ただですけど、これは外部(アメリカの外)から見た物の見方で、1970年代のアメリカで思春期を過ごしたフィンチの背景を思えばこれは「テロリズム」ではなく「自警的なアナーキズム」なのかもしれない、とも思います。以下は『ダークウェブ・アンダーグラウンド 社会秩序を逸脱するネット暗部の住人たち』(木澤佐登志、イースト・プレス出版社)からの引用です。

 

この本(注:『アナーキスト・クックブック』)は、薬物、銃器、爆発物、ハッキング機器の作り方を図解入りで解説した無政府主義者向けの指南書で、ウィリアム・パウエルというアメリカの若者が1971年に執筆した。当時のアメリカといえば、地球の裏側で行われていたベトナム戦争が泥沼化の一途を辿っていく一方で、マリファナサイケデリックを奉じたヒッピーによる反戦運動が過激化していった時期でもあった。それまでの「銃の代わりに花を」といった平和主義ではなく、直接的な暴力による変革を求める若者たちの台頭。パウエルの『アナーキスト・クックブック』は、そんな時代の空気と密接にリンクしていた。

 本書のエピグラフには、「国家は国民に帰属する。国民は政府に不満があれば、憲法上の権利を行使して政府を改めたり、あるいは革命権を行使して政府を打倒することができる」という、第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンの言葉が引かれている。同書の著者によれば、国民が武装して不正を働く政府を打倒することは単なるテロリズムではない。むしろ、憲法で認められた正当な「権利」なのだという。アメリカのカウンターカルチャーには、このような自警的なアナーキズムの精神が反響している。

 

 多分フィンチはずっとアナキストだったんだろうし、今回武装してサマリタンを打倒するのはテロリズムではなく、正当な「権利」である、というのが内部からの物の見方かもしれないとは思います。

 ちなみにこの本ではテロ事件以降のネット監視、それにまつわるスノーデン事件、POI S3の4Cでも題材になったブラックマーケットの話とか、カウンターカルチャーとしてのダークウェブと政府(NSA)の攻防などに触れており、著者が日本人なので日本の状況なんかにも触れてあって興味深く読みました。まあ、ただ、児童ポルノに関する項目とか読んでてかなりきついので、万人にお勧めできるわけではないですが…。

 でもこれ読んで、アメリカにおけるカウンターカルチャーとしてのダークウェブの立ち位置とか、ハッカーイデオロギーとかをちょっと理解することができ、フィンチが自分を「世界を売った男」と自称した理由が初めて実感できた気がしました。

 

 この後もマシンのサポートで、フィンチは一切銃を手にすることなく全てを制圧し逃走します。あの時リースに言っていた「私が銃を手にするのは全てを失った時」というのはマシンの力も含めてという意味だったのかもしれない。

 

 最後、リースとファスコが2人で会話します。

 

Come on, it's time to go.

さあ、行く時だ

Hey, we just saved the leader of the free world.

なあ、俺たちは自由な世界のリーダーを救ったばかりだ

Even we can take a minute to enjoy it.

ちょっと余韻に浸る時間があってもいいだろう

I'm afraid we can't.

そんな暇はない

We have a number of our own.

俺たちには俺たちの番号が出ている

Finch.

フィンチだ

We have no idea what's coming.

これから何が起こるんだ?

Whatever it is, it's gonna be one hell of a fight.

何が起こるとしても、厳しい戦いになる

 

 リースはフィンチを常に案じてる。でもフィンチはもう異次元にいっちゃっててなんか…。今までのシーズンラストでリースがフィンチを助けようと必死になっていた時とは状況が違いすぎます。今までは誰かに連れまわされている丸腰のフィンチを救おうとしていたけど、今はフィンチが加害者となってマシンの力を世界に振るおうとしている。

 でも、この後、リースを思う時フィンチは一人の人間に戻るんですよね。だからもしかしたら、そうか、フィンチにとっても「世界と結び付けてくれるたった一人の人」は、最後はリースだったのかもしれない、と初めて思いました。

 

POI:アメリカ大統領(被害者)、ジョン・ライリー(被害者)

本編:2015年11月4日~5日(パーティの招待状の日付が11月4日だった)

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