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「一首鑑賞」-96

「一首鑑賞」の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

96.妻が植ゑし大切な葱をぬきてきぬこの幼子らかくて育ちゆけ

 (中野菊夫)

 

 砂子屋書房「一首鑑賞」で生沼義朗が紹介していた歌です。 sunagoya.com

 育児詠、というか子供が詠まれた歌、感想書いたりするの苦手なんですがついつい取り上げてしまいます。この歌いいなぁ。子供は両親の大切なものを悪気なく破壊して奪いつくしてしまうんだけど、「かくて育ちゆけ」と。

 1949年の歌集の中の一首だそうで、まさに葱は「大切な」ものだっただろうし、でもそれを子供たちに抜かれて「かくて育ちゆけ」と言ってしまえる心のありよう、と言いますか、葱が大切なのはまさにこの子らを育てるために必要だからであって、じゃあそれが身体の食糧となるか心の糧になるかどちらでもよかろう、という泰然自若とした空気を感じます。本当に大切なのは葱ではなくて「この幼子ら」なんだから。

 

 鑑賞文には

 

「この幼子ら」と複数形になっているのは、掲出歌の前の歌が

 

友の子とわが子と分けて一本のミルク飲むさまを妻と見ほるる

 

なので、自分の子供が複数いるというより、子供たち全体に呼び掛けていると読む。詠まれた時期を考えると、敗戦後の混乱を突き抜けて再生をめざす日本社会と、それを担う象徴でもある子供たちへの希求を率直に受け取る。

 

とあります。そのようにとらえるとなお一層美しい歌であると感じました。子供たちよ、我々が残そうとしているものなど引き抜いてよい、かくて育ちゆけ、と。

 

 

僕たちは皆冬生まれ降る星に願わないでよ時間よ止まれ (yuifall)