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現代歌人ファイル その203-野尻供 感想

山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

野尻供 

bokutachi.hatenadiary.jp

夜の竿に刺されて俺の仕事着がぽったりぽったり血を落すかな

 

継ぎて貧しく鉄打つ日々に慣らされてさびしくあらぬを不思議に思う

 

 家業の鉄工所を経営しながら歌を詠んでいるとのこと。解説を読んで驚いたのですが、プロフィールが壮絶です。

 

野尻は家業の鉄工所を経営しながら作歌活動を行っている歌人であり、それゆえにタイトルは『鉄の歌』なのである。もっとも単純にそのまま家を継いだわけではないらしい。父が鉄工業を一度失敗して家族離散し、プレス・板金工として働いたのちに22歳のとき父と再び新たに鉄工所を開業したそうだ。そのような複雑な経緯を経て経営者となった。

 

 1938年生まれの人だそうで、時代背景の違いも相まって迫力がすごいです。「父」の歌も多数引用されていますが、「強い父」というよりも、かつて強かった父が老いてゆく様子が描写されており、うら寂しいものを感じます。

 

母の死後ぷっつり父が酒断ちてさびしきことが一つ増えたり

 

のような感じです。解説に

 

亡くなった母、遺書を残した姉、死んで生まれた弟と、野尻の描く「血族の物語」はひたすら死にあふれていて、それなのに父一人だけがいつだって取り残されて生きたままの苦しみを味わうことになるのである。

 

とあります。現実の出来事をそのまま詠んでいるのかは分かりませんが…。

 

父を拒む母の鋭くひくき声あわれ十四の春に聞きたり

 

という歌読んで、この「あわれ」って誰について言っているのだろうと思いました。父だろうか、母だろうか。人間の生殖可能期間が長いこと、生殖可能でなくなっても性交ができることって、ある意味ではとても不幸でもあると感じて悲しくなってしまった。

 

もしも木になれたら風雨に耐え抜きてわれは素直に墓標になりたし

 

いずこの死運びゆくのか霊柩車横腹から給油されおり

 

 「鉄」「血」そして「死」のイメージでしょうか。「霊柩車の給油」なんて、なんとなくちょっと面白いですけどね。でも、このユーモアは意識したものなのか、真剣一辺倒なのか、少し読んだだけではその意図が読めません。

 解説には

 

しかし「鉄」と「血」のイメージをつなげて徹底的に〈私〉の物語を演じ、ある種のイデオロギーともいえる「父」という観念に真剣に対峙してみせたところに、短歌という詩型の持つ底力が垣間見える。

 

とあります。歌を読むと、「子」がいるようです。老いて力を失ってゆく父から<私>へ、そして子へと受け継がれていく間に、「鉄工所」、そして親子関係は時代とともにどう変性していくんでしょうか。

 

農を継ぐ子を持たざりし父の手に麦青々と太く短かし

 

という歌もあり、いずれ自分の鉄工所を継ぐ人もいなくなるかもしれない、ということはどこかで見越しているのかもしれないとも感じました。

 

 

本物の「上級国民」だったから運転免許は持たなかったね (yuifall)