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現代歌人ファイル その204-廣西昌也 感想

山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

廣西昌也 

bokutachi.hatenadiary.jp

千穂が峰の大きな影のなかにいる「僕が死んだら」「僕が死んでも」

 

飛んでいる鳥が落ちたりすることもあるはずなのに見たことがない

 

 この人の歌は「死」をテーマにしたものが多く、医師であるという背景も相まってか全体に重ためな感じなのに、難解ではなく読みやすい印象です。特に自分の人生、家族をテーマにした歌に心惹かれました。

 

回送の電車がとおるうす暗い客車に僕を抱いたかあさん

 

この歌からは、暗い胎内に「僕を抱く」かあさん、という「身ごもった女性」がイメージされます。

 

「おとうさん」幼いころの言い方でこわれた人に呼びかけてみる

 

廣西さん、名前は何?と問われるに坂本と言う旧姓を言う

 

 これら「父」を詠った連作は、お父さんの認知症がテーマと思われます。そんなお父さんに「おとうさん」と呼びかけたり、「名前は何?」と聞かれて旧姓(父が子供だったころの姓でしょうか)を言ったり、という情景は切ないながらもわりと自然に思われますが、一方で

 

弟が、僕が乳児になっていて父が思わずいないいなーい、

 

みたいな、僕も弟も父と一緒に「こわれて」いくような歌もあってどきっとします。解説には

 

歌葉新人賞受賞作『末期の夢』は、父の認知症から臨終に至るまでの日々を描いた連作だと思われる。しかし全体として奇妙にねじれた世界観である。時間が止まって過去へと戻っていく父に引きずられるように、成長して大人になっているはずの「僕」と「弟」すらも過去へと遡行していく。

 

とあります。

 これ、歌葉新人賞の連作なのか…。思っていたよりもいろんなテイストの歌があったんですね。もっとニューウェーブ寄りなのかという思い込みがありました。

 

 また、最後に紹介されている連作「一子 ichiko」はすごく不思議な作品で、出生後すぐに亡くなった双子の妹をテーマにしているようです。ですが、実在の妹なのかははっきりしないようです。解説には

 

 これが廣西本人の実体験なのかどうかはわからない。なぜなら「僕たちは昭和四十三年の生まれ」という歌が入っているが、廣西自身は昭和三十九年生まれだからである。もしかしたら双子だったのは弟であり、その立場に成り代わって詠んだものなのかもしれない。あるいは全くのフィクションかもしれない。

 

とあります。

 

午後四時に生まれ六時に死んだので一子のながいながい二時間

 

この子だけでも残ったと言われただろう保育器の中眠ってる僕

 

 この連作の一子はどうして亡くなってしまったんだろう。この人は医師ということなので、もし事実だとすれば後からきっと死因を知ることはあったのかもしれませんが、それを示唆するような作品は少なくともここでは引用されてはいません。

 

くらやみの液体のなかお互いを知らないままに十月十日

 

僕はいま陸生なれど永遠に一子は海生動物のまま

 

 男女の双子は二卵性双胎だから、羊膜も胎盤も別で完全に隔たった状態だったはずで、胎内にいてもお互い知ることはなく育ったんだろう。「海生動物」という言葉からは、もしかしたら産まれなければ死ぬこともなかったのでは、という葛藤のようなものも感じます。解説に

 

 廣西の命や死に対するスタンスはとてつもなく真摯なものだ。医師なのだから当然ともいえるのだが、職業的なものではなくもっと人間の極限の部分から命や死へと向かい合っているように思う。そのルーツに、この実在したともしなかったともいえる「一子」の影があるのだと思うと、納得できる気もする。

 

とありました。「命」や「死」の象徴として詠まれた「家族」の歌は現実かフィクションかは分かりませんが、引用歌だけでもストーリー性の高さにすごく引き込まれました。

 

 

掴んだ手ごとあなたが溶けていく夜が明ければその記憶ごと (yuifall)