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現代歌人ファイル その189-原田禹雄 感想

山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

原田禹雄 

bokutachi.hatenadiary.jp

Der Hingerichtete を刑屍と訳すべくその語夥し人体組織学図譜

 

 1927年生まれの医師だそうです。山田風太郎の『人間臨終図鑑』読んでて、近代は刑死者が死後解剖に送られるような描写が時々あったので、当時は死因を探索するという以前に、人体の構造を知る目的で医師による解剖が行われていたんだなーって思ったのですが、この「人体組織学図譜」の内容(死因は刑死)ってそういうことなのかな。

 1927年生まれということは学生時代は1940年代後半ですよね。これは事実を書いているのかそうでないのかよく分かりません。直前に

 

青き獄衣のままなる物体が搬ばれぬややありてホルマリン槽に落下する音

 

という歌もあり、これはさすがに嘘っぽいもん。解説にも

 

ホルマリン槽と死体という取り合わせには大江健三郎の『死者の奢り』がイメージされ、そこから派生したという説のある都市伝説にも連想が及ぶ。これは医師のリアルな生活描写ではなく、むしろ生と死のあわいの異界的な世界観の描出だろう。

 

とあります。この「都市伝説」って要は死体洗いってやつですよね。ホルマリンってマジで毒性強いので、プールなんてあったらその場にいるだけで粘膜が死ぬな…って思いました(笑)。

 

 この人は経歴に

 

塚本邦雄寺山修司岡井隆、春日井建らよりすぐりのメンバーに声をかけて創刊した歌誌「極」の同人の一人だった歌人である。

 

とあり、短歌界の超エリートやん、って驚きました。現代歌人のルーツとして名前を聞く、そうそうたるメンバーばかりですね。いずれも前衛、耽美のイメージがありますが、この人も「西洋的な絢爛の美学に満ちた」歌を詠んでおり、その中から多数引用されています。私が好きだったのは

 

枕辺に husky voice 不意に来て冷たき体温計をふふましむ

 

ライ麦パン抱きおさなご泣きじゃくるなべて地の上に故郷なし

 

ですかね。

 

 最後は「香菜子よ」と題された連作からの引用で、産まれてきた娘に贈った歌のようです。

 

P:僧侶ト救世軍士官 f1:癩医ト教授秘書シカシテ f2 トシテノワレ

 

C3Hを帝王切開により生ましめてC57BLより貰い乳せるMus C3H/He

 

みたいな感じで全く情緒的ではないのですが(笑)、いずれもテーマは「親子」のようです。P: f1, f2はいずれもP=parent, f=filial で、遺伝図を書くために使われる記号ですし、C3H, C57BL, Mus C3H/Heはいずれもマウスの系統を示す記号です。

 きっとこれまで実験でマウスの遺伝系統を制御してきたんでしょうが、自分に子供が産まれて、「自分自身の遺伝系統」「交配」ということを意識したんでしょうか。しかし自分が娘の立場だったとして、こういう感じの歌贈られたらどうかなー(笑)。

 

 

シャンデリアの破片の如きHeLa cell 生きては多く実を結びたり (yuifall)