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現代歌人ファイル その183-長谷川と茂古 感想

山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

長谷川と茂古 

bokutachi.hatenadiary.jp

古書店の高き棚より主(ぬし)のごと『ギヨエテ研究』がやぶにらみせり

 

 この歌が目にとまったのは、たまたま数日前に山田風太郎の『人間臨終図鑑』の「ゲーテ」の項目を読んでいて、

 

ギヨエテとは俺のことかとゲーテ言い

 

という川柳を読んで面白いなーと思ったからです(笑)。この川柳、斎藤緑雨の作と言われているそうですがはっきりとは分かっていないそうです。まあもとの短歌とは全然関係ないのですが…。『ギヨエテ研究』が『ゲーテ研究』のことだってぱっと見て分かって嬉しかったので(笑)。

 この本は「古書店の高き棚より主のごと」あるんだから、ずーっと売れてないんですね、多分。古本業界のことはよく分からんです。『ビブリア古書堂の事件手帖』(三上延)とか読んでると面白いですけど、いやー、みんな書痴やなーって思う。マニアな人好きですけどね。

 

 この人の名前、「と茂古」ってなんだよってとっさに思って(「長谷川」さんと「茂吉」さんがいるのかと思って、いや、「茂吉」じゃなくて「茂古」だな、って思って、それから「ともこ」か!ってようやく分かった)、でも我に返って人の名前になんだよってすみませんって思ったのですが、解説に「人を食ったペンネーム」とあり、なんだよ!って思ってよかったんだーとなぜかほっとした(笑)。

 

「恵まれた環境ですよ」移り来し科学のまちは自死おほき街

 

 どきっとしますね。つくば学園都市在住とのことですが、本当に自殺多いのかな。こういう研究都市っていうとカリフォルニアのPalo Altoが思い浮かぶけど、イメージが全然違うのが不思議に思います。やっぱり人間関係が濃いのかなあ。ずーっと昔ですけど、筑波大学の人が、「娯楽がないから学内恋愛が多い」とか言ってたの思い出したよ。良くも悪くもそういう濃厚な感じになってしまうのかもしれません。

 そういえばリディア・ケイン、ネイト・ピーダーセンの『世にも危険な医療の世界史』読んでて、昔はバイブレーターがヒステリー治療に用いられていた、とかいう項目で、「セックスは子供を作るとか愛を確かめ合うとか退屈な日曜の午後の暇つぶし以外にも健康面で有用らしい」みたいなジョークが書いてあって面白かったです。日曜午後の暇つぶしかよ。自死よりはそちら方面でぜひ…。

 

Boy meets girl まさに 蟷螂の緑の凝視わが黒き凝視

 

 Boy meets girlで蟷螂を出されると、蟷螂は生殖後オスがメスに食われるというのを思い出すのは私だけではあるまい。ですが実際は食べられてしまうのは一度の交尾で25%程度のようです。メスも卵産んだら死ぬんだろうし、その行為が取り立てて残酷とは思わないのですが、やっぱり気になっちゃいますよね。わが黒き凝視、っていうのは、死にゆくオスを見る眼差しなんだろうか。

 

くれなゐの色ことごとく落陽に奪はれしのち濁るくちびる

 

 こんな歌もあります。こういう美しい言葉を用いた短歌の原点には春日井建がいるらしく、解説には

 

20代の頃乱読のさなかに春日井建と出会い魅了されたことが短歌の原点だったという。実際、春日井建の影響を受けたかと思われる美しい修辞の歌も多い。混沌とした都市空間とは違って、長谷川の見る「美しい世界」はそれのみで完結している。

 

とあります。

 

 プロフィールを見ると中部短歌会に入会しているのは34歳の時だから、春日井建との出会いからおそらく10年くらい経ってますよね。で、中部短歌会新人賞を受賞したのが2004年。短歌会入会の約10年後です。字面にすると数行ですが十年単位で時間が経っていて、このような人でも世に出るにはそれだけの時間がかかるのかーって考えさせられました。そう考えると、「歌人」として認識されてる人たちってほんとすごいんだなーって思う一方、全然知らないけどすごい歌詠む人って多分いっぱいいるんだろうなーとも思います。

 おそらくTwitterとかネットの海にはそういう作品がたくさん埋もれているかもしれないのですが自力で発掘するのは私にはちょっと難しいですね…。しかし、素晴らしい作品なら必ず認められるというものでもなく、有名な画家とか作家の作品が生前はほとんど認められていなかった、というわりとよくあるエピソードを読むとそれはそれで悲しい気持ちになります(笑)。

 

水無月をひと口噛めばぼんやりと肝油ドロップ、夏の日浮かぶ

 

ニッポン沈没せぬまま埋め立ての地に大観覧車がのらりくらり

 

みたいな歌好きです。

 

 

目で僕を分かってくれるきみのうえ示指と中指で今日も旅する (yuifall)