山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。
中川佐和子
なぜ銃で兵士が人を撃つのかと子が問う何が起こるのか見よ
この人を有名にしたのは、「朝日歌壇」に投稿されたこの作品だそうです。解説には
理屈や因果関係を論じるのではなく、まず何よりも眼前の現実を直視し、受け入れること。この一首に限らず、中川の歌はそうしたメッセージであふれている。
とあります。「なぜ」という問いには答えず、「何が起こるのか見よ」と事実をつきつけるスタンスは、その強いメッセージ性で人の思考にパラダイムシフトを生じさせますね。その「なぜ」という問いには、過去、現在、未来を見つめることでしか答えられないのだろうと思いました。そして、その答えはきっと人によって違っているんだろう。
山田風太郎の『人間臨終図鑑』を読んでいて、人の生死に人が直接的に関与することの是非は、社会背景、時代、思想によってかくも不定であるのだと感じました。
例えばこれが死刑の現場だったらどうだろうか。世界の多くの国々では、死刑は野蛮極まりない刑罰であるとして廃止されています。日本ではそうではありません。どちらが正しいという絶対的な正解はないと思います。犯罪の程度と与えうる罰則の程度、法の限界や冤罪の問題の取り扱い、背景に横たわる歴史や思想がそれぞれ異なるからです。「なぜ法が人を殺すのか」と問われたら、やはり「何が起こるのか見よ」と言うほかないのではないだろうか。
学校へどの子どの子も背に黒いリュックを負えり仲間のしるし
学校が凶器になるということをひと度(たび)言いて百度(ももたび)かなし
引用された社会詠は多々ありますが、「学校」の歌が心に残りました。身近なテーマだからでしょうか。この「黒いリュック」はランドセルのこと?それともただの「リュック」なのかな。友人の子供の自殺をテーマにした作品、とあります。
「学校が凶器」の歌はほんとやりきれないというか、学校の狭い人間関係だけで絶望してしまわないで、という思いもある一方で、SNSによって「学校」の人間関係から24時間365日逃れられなくなっている現状もあり、ネットワークの発達によって人間関係がより狭く、がんじがらめになっているというのは皮肉なことですね。
なんか色々考えてたくさん書いていたのですが、もとの歌から離れすぎてしまった気がして全部消してしまった。社会詠って色々考えさせられます。
うしろからプリマの人差し指が来てわれの背中の位置を直せり
板のうえを走るライトの鋭さが好きだったんだ幕のあがって
社会詠だけではなく、バレエの歌も引用されています。今まで、ピアノやスカイダイビング、スキューバダイビング、登山などの経験のある歌人が紹介されてきましたが、こういう身体感覚の詠まれた歌に心惹かれます。自分には体験できない世界が鮮やかに描かれているからすごく憧れるんだろうな。「ライトの鋭さ」なんて絶対に分からないことだし。
人間を最も殺す動物は蚊 それよりも多い自殺者 (yuifall)