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小林恭二 『短歌パラダイス』感想 1-9「風」

『短歌パラダイス』感想の注意書きおよび歌合一日目、二日目のルールはこちらです。

yuifall.hatenablog.com

 9番目は「風」です。風邪、風景、風貌、風靡などでもいい、と書いてあるので、おそらく「風」という漢字を使うというルールかと思われます。

 

マルクスはかつて万能 おおどかにユーラシア吹く風に運ばれ (道浦母都子

溺れたひとという想定の人形のあたまを抱く熱風のなか (穂村弘

 

 

 道浦の歌は、意味を取るのはそれほど難しくないように思います。(今は廃れたが)マルクス主義はかつては万能と信じられた思想であった、ユーラシア大陸を風に運ばれて(タンポポの綿毛のように)おおらかに広がっていった、ということでしょう。

 

味方チームは

・「風」の使い方が通俗だからこそ、「マルクスはかつて万能」とよく響き合う。逆に肯定的に聞こえない(荻原)

通俗的なズブズブ感を否定してしまうと、歌の核心部分が消えてしまう。「お」を畳みかけてつなげてゆくところ、誰にでもできる芸当じゃない(小池)

・通俗ではない。マルクスの思想は、当時は人が意識的に伝えていたものだったと思うが、今振り返るととても自然に広まっていったような感じに思える。その振り返り方が面白い(俵)

 

敵チームは

・通俗っぽい(岡井)

・「マルクスはかつて万能」には痛みを感じる。その痛みがどうしたわけか下の句でぜんぜん形象化されていない。「おおどか」、まったく不満。俵万智の取り方がこの歌の生き残る可能性だが、僕は与しない。いったんは信じたものとしては(永田)

 

と言っています。永田和宏のコメントにはっとしました。本文にも、「一瞬座がしんとなる」とありました。

 

 

 穂村の歌は、救助訓練か何かなのかな?夏の海かプールで人形のあたまを抱いて岸辺まで連れて行こうとしている様子を想像したのですが、もしかするとプールサイドとか浜辺、つまり陸地で、「こんな風に抱きかかえるんだぞ」って指導されている段階なのかもしれないなとも思いました。なんか、「熱風」だから、水の中にいる感じがあまりしないなと思って。

 

味方チームは

・素直に詠まれていながら、よく読むとわたしたちが日頃行っていることを、改めて問い直してくるようなところがあり、新鮮(永田)

・奇想天外で楽しい(岡井)

・「あたまを抱く」には相聞のニュアンスがある。恋人を抱くように人形を抱いている(水原)

・死んでゆく人を抱いている。それも、砂漠の逃避行の末に死んでいった恋人(井辻)

 

敵チームは

・レトリック的にも風景的にも謎めいた部分はない。「熱風のなか」がすぽんと浮いてしまって、批判すらできない。何も考えずに適当に作った歌に、最後に慌てて題をくっつけたように見える(荻原)

 

と言っています。

 

 

 テイストが全然違いすぎてどう戦わせていいのかよく分からないですね…。穂村弘の歌は読み方がよく分からないし意味もよく分からん(笑)。一方道浦母都子の歌は、やっぱり永田和宏の言うように、「マルクス主義」を「おおどか」って言葉で表すことに抵抗を感じます。

 私自身はマルクス主義が「かつて万能」だった時代を終えた後の世代の人間だから、永田和宏ほどの「痛み」は感じないけど、それでも、かつて抱いていたであろう理想と革命の終焉、そういったものを「おおどかにユーラシア吹く風に運ばれ」と表現するのには違和感がある。小林恭二

 

 道浦母都子は懐古もしなければ揶揄もしない。訳知り顔の人々と一緒になって揶揄するには、彼女の心は高貴すぎるのだろう。

 

と言っていますが、安保闘争以降に生きている人間からしてみると、「懐古」の匂いはうっすらあるような気がする。「おおどか」「風に運ばれ」という言葉からは流血なしに拡大した、という意味が感じられますが、安保闘争では死者も出ているわけだし…。

 でも、あるいは、全くの逆の意味なのかもしれない。「おおらか」でも「万能」でもなかったことが分かってしまった今だからこそ、皮肉の意味で詠んでいるのかもしれない、とも思いました。

 一方穂村弘の歌は、水原紫苑井辻朱美の言うように、相聞ととっても面白いのかも、とも思ったのですが、荻原裕幸の「題詠なのに題が浮いている」という指摘も分からないでもなく、ちょっと困りますね…。

 すごく悩みましたけどどっちかを取るならやっぱり道浦母都子かなって気もしますが、最初にこの記事書いた時は穂村弘と書いていたので、また違うタイミングで書き直したら違う気持ちになるかもしれません。。

 

 

隙間風がウェルカムになる時代です あなたとちょっと距離を保って (yuifall)

 

本歌取りってほどでもないですがリズムを似せました

ブリティッシュ・ブレッド・アンド・ベジタブル あなたにちょっとてつだってもらって (加藤治郎