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現代歌人ファイル その148-福井まゆみ 感想

山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

福井まゆみ 

bokutachi.hatenadiary.jp

四肢折りて死ぬ鹿のごと諦めしピアノが残るわたくしの部屋

 

 使われなくなった楽器がずっと部屋にあるのはとても気になるものですが、それがピアノならなおさらです。大きいし、簡単には捨てたり手放したりできないし、多分熱心に関わってきた人であればあるほど、目に入るたびに挫折を意識せざるを得ないだろうし。

 

 この人は、解説によれば桐朋学園大学ピアノ科を卒業したピアニストで、高校から音楽科に通うも18歳の時には腱鞘炎にかかってしまったのだそうです。「四肢折りて死ぬ鹿のごと」っていう表現に何とも言えないやるせなさを感じました。

 これは多分、本気でピアノを弾いていた人にしか分からない気持ちじゃないかな。私だったら、弾かなくなったピアノを「四肢折りて死ぬ」とまで思わないですもん。だって、ピアニストでなくても、腱鞘炎であっても、そこにあるピアノの鍵盤を押せば音は出るし、必ずしもピアノは死んでいないじゃないですか。でもおそらく、この人にとっての「ピアノが弾ける」と私にとっての「ピアノが弾ける」の次元が違いすぎるのかと。だからこそ、そこにうずくまってもう(私を満たすことのできる)音を奏でることのないピアノを、「死ぬ鹿のごと」と表現するんだなと思います。

 解説には

 

何かを諦めて生きて来なくてはならなかった人には響いてくるものの多い歌人かもしれない。

 

とありますが、これは、本気で打ち込んだ何か、人生を全て捧げた何かに応えてもらえなかった人にしか分からないのかもしれないです。自分の人生でそこまでの挫折ってあるかな、って考えて、だけど、多分本当の挫折って、自分の力が及ばないところで起こるのかなとも思います。自分だけの努力とか自分の意思だけではどうしようもないところで。

 

かつてピアノを弾きし両手と見ぬかれて幼子のごと後ろに隠す

 

二十歳(はたち)の日憎みしショパンの感傷を少し解して中年となる

 

なんかも、とても切ないですね。ショパンの感傷が分かる頃にはもうその曲は弾けなくなっている、ということだろうから…。

 

 

子を産みて死ぬる命の簡明さ錆鮎いつぴき落ちてゆくみづ

 

 こういう歌を読むとやっぱり 『I was born』(吉野弘)思い出します。この歌は、「子どもを産んだらもう死んでしまえたらいいのに」ってことなのかしら。その前後に

 

もうえごの青実も落ちてしまひたり四度孕みて二人を産みき

 

排卵のありて性欲のぼりゆくこの単純もあとわづかなり

 

確実にピルは効果を発揮して体温はつかにのぼりてぬくし

 

といった歌もあるので、おそらくは流産の経験もあり、二人を産んでからは閉経を待ちながら、あるいは恐れながらピルを飲んで暮らす、という生活をしていて、確かにそのような生活は「子を産みて死ぬる命の簡明さ」からは離れたところにあります。

 こういう歌を読んでいて、もしかしたら、かつて、女は16歳くらいから45歳くらいまで妊娠と出産を続けてそのまま死んだのかもしれないと思いました。錆鮎が水を落ちるみたいに。子供はコミュニティで育てられていたのかもしれないけど、それは多分牧歌的な考えで、多くは死んだり捨てられたり養子に出されたりしたのだろう。結局産んでしまったら育てるために生きるしかない、って気もします。

 

 以前どこかの水族館で、シャチの生態のパネル展示を見ました。シャチのコミュニティでは、生殖能力を失ったメスが長生きして群れのリーダーとなり、そういうメスがいる群れでは子や孫の平均寿命が大幅に伸びるのだそうです。生殖能力を失った後に長い余生があるのはシャチの他、人間とクジラの一種くらいで、そういった種族では閉経後の女性(メス)が一族の補佐をすることで繁栄を担っているのではないか、と考えられているそうです。おばあちゃんの知恵袋って本当だったんだなぁ、と思ったし、やっぱり、産んで死ぬだけが人生じゃないよな、と。

 

一つづつあきらめ手放す事増して更年期(メノポーズ)予備軍に我も入りゆく

 

 この人の場合は「ピアノ」という明瞭な挫折体験がありますが、多くの女は妊娠、出産を経て(あるいは経ないことで)人生の選択を迫られるわけで、「あきらめ手放す」ことなく更年期に向かえる人はいないのではないだろうか。

 男性はどうなのかな。何も諦めることなく生きられるんだろうか。もしかしたら、だからこそ、女性の社会進出に伴って自分の人生の中で何らかのことを「あきらめる」選択を迫られた時に、社会への怒りとかミソジニー的な意識が生じるのかなという気もしてます。でも、何も諦めないで生きていけるのが本来おかしいんだよね。

 

 この人の歌そのものは全然フェミニズム的なテーマではないのですが、一人の女性の身体感覚や老い、諦めが生々しく詠われていて、私はそこから女の人生、みたいなことを色々と考えました。

 

 

金色のY染色体繋ぐことのみを命とし声を奪ひぬ (yuifall)