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小林恭二 『短歌パラダイス』感想 1-2「額」

 『短歌パラダイス』感想の注意書きおよび歌合一日目、二日目のルールはこちらです。

yuifall.hatenablog.com

 次のテーマは「額」です。人体の一部としての「ひたい」をテーマに詠まなくてはいけないという条件がついています。

 

富士額恥づるが如く学帽をふかくかむりて少年われは (小池光)

ふるさとで泳いだようにいくたびもあなたの額髪を刈りたい (大滝和子)

 

 小池光の歌には、青春の甘酸っぱさというかほんのりと感じる苦みの爽やかさを感じます。多分大人になれば「額を恥ずかしがる」なんてことはなくなるし、あっても意味合いが変わるでしょうが(禿げとかね…)、髪型や額の出方が気になって「学帽をふかくかむる」という「少年」の幼いこだわりみたいなものを感じました。

 ちなみに「富士額」は女性の髪の生え際の美しい額のことみたいなのですが、これは「少年」が「かわいい」って言われたくない時期って感じでしょうか。著者の小林恭二は、

 

「恥づるが如く」であって、恥じてはいない

 

と解説しており、確かによく読むと「女性の美しい額である富士額をまるで恥じているかのように学帽を深く被っていて、僕は少年である」って意味ですね。何で「学帽をふかくかむりている」のかは実はよく分かりません。また、小池光は「少年われは」を結句にした歌を他にも多数詠んでおり、思い入れのあるモチーフのようです。

 

味方チームは

・少年と富士額の取り合わせが新鮮で、言葉遣いも可愛い(東)

・本当の恥ずかしさは「富士額」ではなくて少年期のわけのわからない恥ずかしさである。それを読者に富士額を恥じているように見せかけている(加藤)

・「肉体の額」と限定されたテーマをうまく活かしている(奥村)

・この歌では「少年われは」が効いている。何を恥じているのかという謎が定着するのを助けている(俵)

 

敵チームは

・富士額と少年のミスマッチさを一首の中心に据えたことで歌の奥行がかき消されている(岡井)

・「少年われは」の結句が安易で、見え透いた作りになっている(吉川)

と言っています。

 

 

 大滝和子の歌は、最初全然どういう意味か分かりませんでした…。最初に「額」のイメージで読んだせいか、「ふるさとで泳いだように」で真っ先にふるさとの川なり海なりで濡れた髪をかき上げて額があらわになった様子を想像してしまい。「いくたびもあなたの額髪を刈りたい」にうまく発想が繋がっていかなくて。

 何度か読み返してようやくわかったのは、「ふるさとで泳いだように」は「いくたびも」の説明に過ぎないということです。つまり、幼い頃何度もふるさとの川(とか海)で泳いだように、何度も何度も繰り返しあなたの額にかかる髪を切ってあげたい、と。そう理解すると時間の奥行があって美しい歌だなぁと感じました。

 つまり、「ふるさとで泳いだ」のは自分自身が幼い頃のはずです。そして時を経て「あなた」に出会って、この「あなた」が夫なのか子供なのかはよく分かりませんが、これから一緒に人生を歩んでいく。「ふるさとで泳いだ」のと同じくらい何度も何度も、髪が伸びてくるたびに何度も何度も、あなたの額が見えるように髪を切ってあげたい(ずっと一緒にいたい)ということですよね。

 

味方チームは

・切迫感があり、この「額」が輝いているように見える(穂村)

・あなたとわたしのふるさとを作っていきたいという思いがあり、そこには謎と飛躍がある(吉川)

 

敵チームは

・「いくたびも」の言葉遣いが甘く、「ふるさと」も生きているか疑問(加藤)

・区またがりの技法が効いている一方、「泳いだように」という比喩が生きていない。テーマが「額」からずれており、「相聞」である(奥村)

と言っています。

 

 

 うーん、大滝和子の歌は面白いし時間的な奥行も感じて個人的には好きなのですが、奥村幸作の言うように「肉体の額」がテーマである以上、小池光の歌の方が勝ちかなって気もします。今回は奥村幸作の指摘が鋭くて興味深いと感じました。でも、「相聞」では駄目なのか、というのはちょっと疑問に感じました。じゃあ題詠の場合、「恋」「相聞」以外のテーマで相聞歌って作ってはだめなんだろうか。

 あと、加藤治郎や奥村幸作の指摘を踏まえてさらに読むと、「あなた」はふるさとで一緒に泳いだ幼馴染なのかなって気もしました。2人はふるさとを離れたところで家庭を持っていて、懐かしいあのふるさとで昔一緒に泳いだね、あなたが濡れた髪をかき上げて額を剥き出しにして笑ったあの頃から、私はあなたに恋してた。これからは私が一生あなたの髪を切ってあげる、あの美しい額が見えるように、っていう。これなら「ふるさと」も「泳ぐ」も生きてきませんか?

 

 それにしても「肉体の額」の歌って難しいなぁ。あんまり額について考えたことなかった…。作ってみたけど、「額」にフォーカスした歌かと言われるとうーんって感じで、自分が判者だったら採らないな(笑)。というか、これに限らずずっと題詠作ってみて、題に相当する言葉そのものを詠みこむことはそれほど難しくなくても、題に沿った歌を詠むのはめちゃくちゃ難しいなと思いました。もっと精進します。。

 

 

ひんやりと額を合わし唇は触れないような距離を愛しむ (yuifall)