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現代歌人ファイル その87-長尾幹也 感想

山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

長尾幹也 

bokutachi.hatenadiary.jp

会社での俺が俺ではないならば一生(ひとよ)の大半俺でない俺

 

 この歌笑いました。ほんとだよな。仕事と睡眠で一日のゆうに過半数を占めるわけですから…。とはいえ今は定年後の人生が長いですから、長く生きれば生きるほど、トータル的には会社にいない時間の方が長いと思われます。

 

行く先がもう丸見えのあみだくじ三十五歳の朝を迎えつ

 

なんて歌もあって笑ったのですが、解説に

 

現代の三十五歳で、将来がしっかり固まってあとは同じ毎日を繰り返すだけでいいという人生を得られた人は相当幸福な部類にあると思う。

 

って書いてあって真顔になったわ。まあ確かにそうですよね。45歳定年説なんかもあるし、AIの台頭で仕事の内容も変化すると言われているし、安泰な将来などないのかもしれない。

 

辛抱は最後に勝つと部下に説く身にしみてわが嘘と知れるを

 

 この人の歌、いわゆるサラリーマン短歌なんですけど、本気でこう思ってるのかな、あるいはほんとにこんなことしてんのかな、っていう虚構感があり、だってこの歌とか、こんな歌を詠む人が部下に「がんばれば報われる」的な嘘言うかなぁ。解説にも

 

しかし時代が流れ社会が変わっても、歌を詠み続けて投稿を続けることで「平凡なサラリーマン」という〈私〉の姿は認知されてゆく。前述のようにおそらくは実際にしたことはないはずの一般家庭へのセールスを描いてみたりするフィクション性は、知識人となることを拒否し大衆の側につねに立とうとする意識がなせる業なのだろう。  

 

とあり、事実というよりも戯画的「サラリーマン」に拘った歌なのかもしれません。サラリーマン川柳みたいに。この人は背景も面白くて、ひたすら朝日歌壇に投稿を続けるだけのアマ歌人だそうです。結社に所属せず、新聞投稿のみで歌集を出し、朝日歌壇賞まで取っているとか。解説に

 

 短歌におけるプロフェッショナルとアマチュアの違いは何かというのは非常に難しい問題である。収入や職業性といった面ではかることができないからである。そのため乱暴に言ってしまうと、「選歌」という役割を果たすことのできる歌人がプロフェッショナルということになってしまう。プロ歌人の仕事は、いい作品を作ることではなく他人の作品からいいものを選び出すことに尽きてしまう。

 

とあって面白かったです。確かにプロ歌人っていっても短歌専業という人は少ないだろうし…。でも、個人的には、お金を貰って歌を詠う人がプロだと思うな。歌集を出すとかじゃなくて、誰かに(雑誌とか講演とか、なんでもいいんですが)「お金を出すから歌を詠んでください」と言われる人。

 

 

酔い人の吐物に新聞かぶせつつこの駅員の静かなる顔

 

 この歌好きです。なんというか、「駅員」っていう記号じゃなくて人を見てる感じが。この駅員さんってどんな人なんだろう、ってふと考えさせられる歌です。多分朝の光景なんだよね。若いのか、それなりにベテランなのか。畜生またかよって感じじゃなくて「静かなる顔」っていうのは諦めなのか、使命感なのか、単純に雑用の一部としてとらえているのか。性格だけではなくその日の気分もありますよね。同じ人が同じように汚物に遭遇したとしても、しょうがねえな、って思える時とふざけんな、って思っちゃう時あるよね。一期一会の一瞬をうまく捉えた歌という感じがします。

 

 

ヘアカラー不可を無視して月曜日チェリーレッドで誰が困るか (yuifall)