山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。
菊池裕
距離感がよくつかめない形而下の人の生き死にさえ過去映像(アーカイブス)
輪郭の溶けゆく貌(かお)に驚いて首都の末梢神経が痒い
すごくかっこいい、映像的な歌が多いです。解説によれば、若いころから演劇に携わり、現在(当時)はテレビプロデューサーとして働いているとか。都市を舞台とした現代的な目線は、テレビ業界の人だからでしょうか。
子をなさぬつがいの棲まう新築のマンション林立する中空に
とか
車中では俯きながら親指をぴくぴくさせて交信をせり
なんて、おそらくDINKSという概念や携帯電話が流行り出した頃の歌なんだろうなと思いました。
車中で人が俯いて親指をぴくぴくさせ始めてからどれくらいの時間が経ったのだろうか…。少子化も止まりそうにないし、高層マンションは立ち並んでいて、この歌が詠まれた時代と現代とが何ら変わっていないことにも驚きました。「ホームページ」ってあるけど、今ならそれがSNSに変わっているくらいでしょうか。読んでいて、『桜前線開架宣言』で紹介されていた若手歌人の作る「現代のリアル」の歌みたいだなと思ってちょっとわくわくしました。使われている言葉が、「防犯用監視カメラの結露」「誰もいないエレベーター」「デジタルノイズ」「カードキー」「携帯」「ホームページ」「システム」、という感じで。
解説には「SF的なディストピア」とありますが、私たちは今まさにSF的なディストピアを現実として生きているのかもしれないと思うことがあります。「OK, google」とか「アレクサ、歌うたって」みたいなCM見ると、ほんとやばいなって思いますね(笑)。数年前?のCMですが、おそらくサプライズパーティーを準備していた父親と子供が「あ、お母さん帰ってきたよ。アレクサ、歌うたって」ってハッピーバースデーの歌を掛けるようなやつがあって、なんで母親の誕生日の歌をアレクサに歌わせんの?気持ち悪っ、って思ったことを思い出しました。マジでディストピアだよなー。自分で歌えよって(笑)。
荒涼と聳ゆるビルの断崖にあなたが咲いて死を孕みおり
この歌かっこいいなーって思いましたが、「あなた」って「神」のことなのかなぁ。解説には
執拗に都市風景のディストピア性を描く背景には「神」という存在への希求があるのだろう。人間が触れ得ない領域としての「神」の不在を思い知り、その一方で過剰なまでの情報化により個々の人間がまるで己が「神」であるかのような視点を得るようになってしまったことを嘆く。ここで重要なのは、自分自身は「神」に近づこうとしない点だ。「神」はつねに時代を俯瞰しようとする。菊池はそうではなく、あくまで日常を生きる生活者として都市社会の断片だけをしっかりと捉え続け、叫びとして歌の中に封じ込めようとする。
とあります。
神に拘るのはなぜなんだろうか。
まったけく無風であれば風鈴は神の不在を鳴らしめ給え
ずっと読んできて、この「神」に拘る一連だけがよく理解できません。なぜ神にいてほしいんだろう。都会でテレビプロデューサーとして働く男性の詠う「神」の希求に、この人が自分の柔らかい部分を短歌の中にさらけ出しているような危うさと、人間の多面性を見た思いでいます。
スマートの定義を言えよ感情を定量化していっぱいの鳥 (yuifall)