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現代歌人ファイル その67-大村陽子 感想

山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

大村陽子 

bokutachi.hatenadiary.jp

ここに来て触れてと誘ふ地下鉄のレールはほそき銀のくちなは

 

 綺麗な歌だなぁと油断して読んでいたら、言葉は美しいのですが毒がすごいです。それも、生殖ということに対する並々ならぬ拘りと憎しみが感じられます。

 

処女が着るために売られてゐるやうなガラスケースの白いブラウス

 

誰にでもこの腹を貸してあげますとコインロッカーが並んでをりぬ

 

もう一度胎児となつてわが母の腹を蹴りたし憎しみこめて

 

 おそらくは生まれた家族に問題があり、この人にとってはいつまでも逃れられない呪縛なのであろうと思う一方で、このような思いは女性ならある程度共感できるというか、若い頃の一時期に抱きがちな生殖あるいは成熟への嫌悪の歌として一般化して読むことも可能です。

 

男からブタクサなみに嫌はるることの快感 タバスコを振る

 

わたくしのまはりを飛ぶな 鱗粉に指よごしつつ蝶を煮てゐる

 

こういう気持ち、(私は機能不全家族に育ったわけでもないし男性嫌悪でもないですが、)共感はできる。しかし私にとってはもう失ってしまった感慨としての共感であって、こういう気持ちを生涯持ち続けることは不可能です。ずっと抱え続けて詠い続けているのだと思うと胸が苦しくなります。

 

 その中に「父」に関する歌が多く紹介されているのですが、これも、愛にしろ憎しみにしろよくこれほど一人の人にこだわることができるな、って感嘆するような歌が多いです。

 

樹には樹の風には風の匂ひあり われには父の吐瀉物の匂ひ

 

 解説によれば父は元軍人のようなのですが、慰安婦や軍歌といった言葉と父親を結び付ける一方で今は力を失い介護を受けている様子を描いています。解説には

 

父権の失墜を悪意をもって執拗に描いているわけだが、どこか情を断ち切れない部分が残っているところが面白い。

 

とありますが、そもそもこんなにたくさんの父親の歌を詠んでいること自体、かなり情がありますよね。多分、この人はすごく情の濃い女なんじゃないかなという気がする。愛も憎しみもまっすぐで強くて、それを受け止めさせる相手を持て余すというか。

 

なきわめくツクツクボウシつくづくとわれに夫なし子もなし楽し

 

 こう詠っているのも、愛に縛られる体質だからじゃないかなと思いました。

 

 

押並べて情とは蓋し自愛にて退くも進むも煉獄ならむ (yuifall)