2024年12月18-24日
・凪良ゆう『儘ならない彼 美しい彼4』
・レスリー・デンディ、メル・ボーリング(梶山あゆみ訳)『自分の体で実験したい:命がけの科学者列伝』
・五十嵐杏南『世界のヘンな研究 世界のトンデモ学問19選』
・カート・ヴォネガット(浅倉久志訳)『デッドアイ・ディック』
以下コメント・ネタバレあり
これは伊坂幸太郎の出世作だそうですが、すでに伊坂テイストに慣れている状態で読んでしまったのでかなり序盤でからくりが分かったしなんとなくオチも読めました。なのであとは「あー、こことここの時系列は一致してるのか」とか「こいつとこいつがここで繋がってるのか」と思いながら読んでしまい、伊坂幸太郎の作風を知らない状態で読んだ方がもっと楽しめたな…と思った。何にせよ最後話が綺麗にまとまって読みやすかったです。
ルポではなく小説だということで、どこまでが事実なのかは分かりません。方言での患者さんの語りと彼らの描写がメインテキストで、途中で医師の書いた論文やカルテ、議会の議事録、新聞記事などが引用され、全てが生々しく胸に迫る一方で時系列などが掴みづらい複雑な構成でもありました。水俣病の発生や原因が発覚する経緯、企業との闘争などの時系列的事実がメインなのではなく、描写を受け取る小説だからこのような構成なのだろうと思います。使われる言葉が具体的である一方とても詩的で、やはりルポではなく文学だと感じました。
内容はもちろん水俣病についてなのですが、昭和30年前後というとまだ100年も経っていない、70年ほど前に過ぎないにも関わらず、あまりにも人々の感覚が違いすぎて驚きます。国会議員と会社員、それに漁村の貧民の貧富の差どころではない上下関係や人権意識の低さ、一方で自然への素朴な愛情など、“古き良き”時代の善い面と悪い面を一度に見た思いでした。まあ、私は古き良きなんてありえないと思うけどね。こういう風に素朴で無知な人々を踏みつけにしてきた時代だったんだと思う。
しかし、今地球温暖化に関する訴訟が多くなっているというニュースを目にして思ったのは、一企業が有機水銀を垂れ流して部落の人たちを死に至らしめるのと、我々が二酸化炭素を垂れ流して異常気象を引き起こし、世界中で干ばつや豪雨災害などを起こして多数の人々を死に至らしめるのと、何が違うのだろうということです。こうなることが分かっていてなぜやめなかったのか、どれほど野蛮な時代だったのかと、もし生き残っていたら未来の人たちは我々に対して恐れおののくかもしれないと思う。
・凪良ゆう『儘ならない彼 美しい彼4』
とりあえず凪良ゆうのBLは出たら買ってるのでこれも。前回までの内容忘れてたんですけどまぁ読み返すまでもないかー、と思いながらプロローグ読んでめっちゃ笑った。こんな感じでしたね。これ、ハイスぺイケメン攻×ネガティブうじうじ受だったらよくあるパターンで正直食傷気味なのに(っていうか全く好みじゃないのでありていに言えばつまらない)、攻と受を逆にしただけでこんなにウザくて笑えるのすごいなと思う。うじうじしててネガティブで受を崇拝しているように見えてめちゃくちゃ自分勝手な攻と、ハイスぺイケメンなんだけど攻に振り回されっぱなしの受…。受の気が強くて自分の欲望に正直で素直なのでとても読みやすく、あと個人的にはエロがないのも読みやすかったです。
・レスリー・デンディ、メル・ボーリング(梶山あゆみ訳)『自分の体で実験したい:命がけの科学者列伝』
こういうノンフィクション好きなんですよね。こういう系統のノンフィクションだとキュリー夫妻はたいてい取り上げられてますが、あとがき読むと「対象がほとんど白人男性に偏っていた」などと書いてあるのでマリー・キュリーはポリコレ対策も兼ねているのかもしれん。時代的に白人男性ばかりなのは仕方ないと思いますけど、最近は“キュリー夫人”と書かれなくなっているのでそれはよかったなと思います。知らなかったエピソードもけっこうあって面白かったです。そういえばピロリ菌飲んだ人出てくるかと思いきや出てこなかった。
・五十嵐杏南『世界のヘンな研究 世界のトンデモ学問19選』
トンデモ学問ってほどでもないそこそこ真面目な研究でした。この人の本は『ヘンな科学“イグノーベル賞”研究40講』が面白かったのでこれも買ってみた。全然知らない分野の面白研究に触れられて興味深かったです。人体実験系やマッドサイエンティスト系ノンフィクションはどうしても医学研究に偏りがちなのですが、こういう面白研究本は医学以外のジャンルが多いので新鮮に読めます。サンキュータツオの『ヘンな論文』シリーズも好きでした。あっちは人文系ですね。なんかこう、役に立つのかそうでないのかよく分からない研究の話がとても好きです。結果的に役に立ったらすごいし、役に立たなくても面白いし。
・カート・ヴォネガット(浅倉久志訳)『デッドアイ・ディック』
カート・ヴォネガットの文章はとてもクールですね。誰の人生も悲惨なんだけど、語り口は飄々としています。ワンシーンが短く、途中で唐突にレシピが挟まったり劇の脚本風の演出が入ったりするのでさくさく読めます。内容はしかしいつもながら重いです。これ読んだら誰だって、自分の人生の「完」ってどこにあるのだろう(どこにあったのだろう)と考えてしまいますよね。今はまだ物語の最中?それともエピローグなのか?
信じられますか?