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「一首鑑賞」-261

「一首鑑賞」の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

261.もう充分にあなたのことを思つたから今日のわたしは曼珠沙華

 (宮英子)

 

 砂子屋書房「一首鑑賞」コーナーで大松達知が紹介していました。

sunagoya.com

 これは歌に惹かれてリンク先の記事を読んだのですが、その内容を見てまた考えさせられました。亡き夫を偲ぶ歌であること(24回目の命日を迎えられたとか)、歌会に無記名で提出された時は「こんな破調じゃしょうがない」と評されたこと、しかし作者名と作者の背景が分かれば「名歌に見えてくる」こと。

 

 初句の字余りは、柊二を思う気持ちの重さと濃さを、結句は柊二のいない欠落感と悲しみを、リズム面から補強している。

 もし、「充分にあなたのことを思つたから今日の私は曼珠沙華なり」としてしまったら、平凡な歌である。

 絶唱というのは、定型をも壊すものなのだ。

 

 しつこいくらい繰り返しますが、一首を読む時、作者名や作者の背景をも読むべきだろうか。そうでないからこそ歌会では無記名で評価するのでは?それでも作者名が分かれば評価が180度覆ることもあるわけです。

 

 とはいえ、私は別に作者名も作者の背景も知らずに歌だけ読んで心惹かれたので、必ずしも作者名だけが評価を覆したとは思いません。「今日のわたしは曼珠沙華」という字足らず、それに「曼珠沙華」という分かるような分からないような心情に(おそらく相手が亡くなった方で、もう二度と会うことはできないのだということは分かる)、やはりまだ「充分でない」という欠落を感じました。「もう充分にあなたのことを思つたから」と字余りしてまで割とナマな心情を訴えておきながら、最後は「曼珠沙華」とまるで謎かけのような字足らずで締めるのは、むしろ思うだけでは充分でない、という欠落感を感じさせます。

 

 ただ、「破調じゃしょうがない」という評価も必ずしも間違いだとは思わないんですよね。前にも書いたんですけど俳句の添削バラエティ番組を見ていて、余りにも破調俳句が多すぎてつまらなかったので。破調っていうのはここぞという時に使うもの(あるいはこの言い方でしか絶対に伝えられないというギリギリの時に使うもの)であって、テクニックとして乱用されると白けます。だからこそ、「破調じゃしょうがない」とされたこの歌が、「絶唱である」と分かった時に評価が覆るのは分からないでもないです。

 

 

「きみに会うために生まれてきたんだ」 女王を産んで女王は死ぬ (yuifall)