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小林恭二 『短歌パラダイス』感想 1-1「海」

 『短歌パラダイス』感想の注意書きおよび歌合一日目、二日目のルールはこちらです。

yuifall.hatenablog.com

 

 1日目の対戦はあらかじめ題と対戦相手が伝えられており、当日までに歌を準備してくるという方式で行われています。最初の題は「海」。

 

奪うため破壊するため(力あれ)海道をゆく倭寇のように (田中槐)

連綿と海老の種族を生みだしてわが惑星(プラネット)のくすくす笑ひ (井辻朱美

 *(プラネット)はルビ

 

 これをどう読むか。作者はコメントしないのがルールで、つまり「正解」はないので、基本的には自チームを応援するということになります。自分だったらどうかなって考えました。

 

 まず田中槐の歌。もし味方だったら、やっぱりパワーがある歌だなって読み方をすると思います。澄み切って晴れた大海原、どこまでも青い水平線の上を行く「倭寇」みたいに、この全てが自分のもの、っていう。全てを奪って破壊するパワー。これはもしかしたら環境破壊とかそういうもののメタファーなのかもしれません。

 で、もし敵だったら、よく分かんないって言うと思う(笑)。「倭寇のように」、力をもって奪う、破壊するのは一体誰(何)なのか?この歌には主語も述語も目的語もなく、「誰が(もしくは何が)」、海道をゆく倭寇のように「何を」奪うため破壊するため「どうするのか」、それが全く見えない。短歌なのでもちろんそれは傷ではないんですが、敵だったらやっぱりそれは言うと思うなー。あと、()はやっぱり気になります。ですが、1996年当時と今では同じ地平でディスカッションできない手法だと思うのでここでは解釈しないでおきます。

 

味方チームは

・新しい人生に向かう人のための歌。海道をゆく倭寇のように力強くなって頑張りましょうと言っている(道浦)

・読んでいると力が湧いてくる(俵)

・(地球規模の環境破壊とか、海の生命の危機に際して)「奪うため破壊するため」の力感が直接的である(奥村)

・韻律の強さがある。倭寇を現代短歌に持ち出したのもよい(加藤)

 

敵チームは

・(力あれ)の括弧はポストモダンの手法。力強さは感じない。近代のネガに過ぎない(岡井)

・「倭寇」が順接すぎて、モチーフに抵抗する部分がない(穂村)

 

と言っています。

 

 

 一方、井辻朱美の歌。自分が味方だったら、(いや別に味方じゃなくても…)面白い歌だなって思います。海老の種類ってどのくらいあるんだろう?って考えてしまいます。確かに水族館に行くと、殻ががっしりして硬い伊勢海老みたいなやつからアカホシカクレエビみたいな透明で小さいやつまでたくさんの海老がいて、おもしろいなって思いますよね。それを「くすくす笑い」って書いたのもかわいいし、「わが惑星」も、とにかく言葉の使い方がいいなぁって感じます。多分「海老」は海老に限ったことではなく、生物多様性のことなんだろうなって思うし、そこから、人間のダイバーシティがあるのも「わが惑星のくすくす笑ひ」なんだなぁってなんだか愛おしくなるような気がします。

 敵だったら、どう言うかなぁ。なんで「惑星」を「プラネット」って読ませるの?とは言うと思うな。惑星でよくない?あと、「海老」を「猫」とか「蝶」とかに変えちゃっても成り立たなくはないので、「海」って題詠に相応しい歌か?とは指摘すると思います。

 

味方チームは

・種族繁栄的発想を敢えて中心に据えながら、近代を軽々と超えている(岡井)

・進化論の歌。わが惑星が悪戯っぽい笑いを浮かべながら、海老の複雑な形態を獲得させてきているという妙味(吉川)

 

敵チームは

・地球規模での環境破壊とか、命の危機がうたわれている中で、「くすくす笑ひ」は呑気すぎる(道浦)

・「わがプラネットの」にリズム的な難がある。四句でリズムが挫折している。あと「連綿と」も気になる。説明過剰(加藤)

 

と言っています。

 

 全部のディスカッションを通して一番面白いなって思ったのは加藤治郎の指摘でした。著者の解説にも、

 

それに当たっているかどうかはともかくとして、論旨が明快で一瞬「なるほど」と思わせる。

 

とあり、確かにそうだなぁと(笑)。

 

 どちらが勝ったのか結果は本を読んでいただきたいのでこの後もあえて書きませんが、自分ならどっちを勝たせるかなーって思いながら読みました。加藤治郎の意見に納得するとは言えども、井辻朱美の「海老」の方かなぁ。

 

 なんにせよ、「海」というテーマでこれだけ壮大な歌を詠んでくるのが2人ともすごいなと思いました。だって、普通だったら「僕ときみで海に行く」とか、「やりきれないことがあったから海を見に行く」みたいな、「俺と海」っていう身近なテーマを真っ先に想像しがちかなぁと…。逆に大きいテーマにしようとすると「生命」とか「生殖」とかになってしまうような気が。いやもちろんそういうテーマの秀歌もたくさんありますけど、「倭寇」に「惑星」だもん、やっぱ違うなって思います。

 自分で「海」の歌を作ろうと思って色々考えていて、「くすくす笑ひ」は海のあの泡のぷくぷくかなぁってちょっと思ったりしました。

 ちなみにこの歌合では題となる言葉を必ず入れなくてはいけない場合と必ずしもそうでない場合があり(「恋」など)、今回は特に記載はないのですが、井辻朱美の歌には「海」という言葉が入っていないので、入れなくても構わないと解釈しました。

 

 

煌めきは斯くも無垢なり暗がりにま白き骨を積らせながら (yuifall)

 

 

 歌を作った時期はかなり前で、投稿日が今日になったのは偶然ですが…。

 あの時のやりきれない痛みがいつまでも胸に残っています。