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ぼくの短歌ノート-「美のメカニズム」 感想

講談社 穂村 弘著 「ぼくの短歌ノート」 感想の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

 美のメカニズム

 

 解説に

 

我々が生きるためには、その前提としてまず生き延びる必要がある。だが、葛原妙子の歌には、このような現世の法則にたいする違和というか、そこに囚われることを拒否するような超越志向が強く感じられる。

 

とあります。私はこれを読んで、ヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』を思い出しました。以下引用ですが、

 

 おおかたの被収容者の心を悩ませていたのは、収容所を生きしのぐことができるか、という問いだった。生きしのげられないのなら、この苦しみのすべてには意味がない、というわけだ。しかし、わたしの心をさいなんでいたのは、これとは逆の問いだった。すなわち、わたしたちを取り巻くこのすべての苦しみや死には意味があるのか、という問いだ。もしも無意味だとしたら、収容所を生きしのぐことに意味などない。抜け出せるかどうかに意味がある生など、その意味は偶然の僥倖に左右されるわけで、そんな生はもともと生きるに値しないのだから。

 

 また、こうも書いています。

 

 もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。わたしたちはその問いに答えを迫られている。考えこんだり言語を弄することによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならない。

 

 この章で引用されている歌はいずれも「余剰」の美です。

 

美しき徒(むだ)のひとつと秋の日の漏水は飛沫く鉛の管より (葛原妙子)

 

今日とはなにものかなれば 雲の氾濫うつくしき飛行場よ (葛原妙子)

 

 これらは、「生き延びた」先に「生きる」ことがあることを否定しているんだろうか?この、「生き延びる」/「生きる」の二項対立については、どうしても文学的な欺瞞を感じざるを得ないんですよね。そもそも「生き延びる」ことに囚われることを拒否する、というのは、思想の問題ではなくて生き方そのものの問題だと思う。言葉で表現できるようなことなんだろうか。言葉で、「私は酸素ボンベなしで海に潜り、意識を失う直前に『美しい』と思う」って書いてたって、実際顔を水につけられたら苦しいってなるよね。

 これらの歌は、「人はパンのみにて生くるにあらず」というかさ、パンを食うだけじゃなくて美を見ろよ、という、「生き延びて」いるから、「生きる」ことの美を見ているという文脈じゃないのかなぁ。パンを全く食わずに、餓死する直前に「パンって綺麗だなー」っていう歌なの?「満足した豚」よりも「不満足なソクラテス」であれってことではないの?

 私が思うに、「そこに囚われることを拒否する」なら、「生き延びられない」ときに「生きる」ことをどうとらえるかという文脈で語るべきではないだろうか。それは、飲み水があってそれを享受できる人が、漏水を美しく見るということじゃないと思う。そして飢えているのに水を飲まずに漏水を美しく見るということでもないと思う。飢えていて、飲み水もない人が、水を飲む幻を見るのではなく、幻の中で漏水を美しく見るということ、それが、「そこに囚われることを拒否する」ということなんじゃないかな。そしてそういう人は実際に水があったら迷わず飲むと思う。それが「生きる」ということだから。

 

 なので私はこの章で取り上げられている歌を、「生き延びることの先に生きることがあるという現世の法則に囚われることを拒否する」歌というより、「生き延びるためだけに生きることを拒否する」歌として読んでいました。それは全ての芸術作品に当てはまることかもしれないから、正しい読み方ではないのかもしれないんだけど…。

 「生き延びられない」人、「生き延びるために生きざるを得ない」人を否定することは私にはできない。そして実際は、人は「生き延びるためだけに生きる」ことはできないんだと思う。家に食べ物が全然ないのに最後の牛一頭を豆と交換しちゃったり、売るための傘をお地蔵さんに被せちゃったりするのが人間なんじゃないの?

 人は頭を水に漬けられたら、多分2分も持たずに呼吸のことしか考えられなくなると思う。でも同時に、海の底で酸素ボンベが切れて意識を失う直前に、ああ、海が綺麗だな、って考えるのも人間なんじゃないかって思うんですよね。

 

 

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