「一首鑑賞」の注意書きです。
314.ベビースプーン右手左手に持ちかえる道具を持たされてかなしいか
(駒田晶子)
砂子屋書房「一首鑑賞」コーナーで大松達知が紹介していました。
なんか目に留まったのは多分、「左利き矯正」みたいなのをイメージしたからです。特にそんなことは言ってないんですけどね。否応なしに文明に突入することで「しつけ」されていくことの「かなしみ」みたいなことを言ってます。多分かなしいのは赤ちゃんではなく、赤ちゃんが「赤ちゃん性」を失っていくのを見ている大人の方かもしれません。
しかし道具を与えられるのはかなしいだろうか。みんな、「道具」好きではないか?
目の前の赤ん坊が、大人社会の枠組みにはめ込まれ、窮屈そうにしている図。道具を与えられて、居心地悪そうにしている図である。
そのあたりの「かなしさ」は理解されるだろう。生老病死のかなしさの他に、逃れようなく社会に組み込まれるかなしさである。
という鑑賞文はとても分かるし、おそらくそういう一瞬を切り取ったリアルな歌なんだろうな、と思う反面、社会に組み込まれることを「かなしさ」というのは安易ではないかという気持ちもあって…。みんなiphoneとか好きでしょ?ただこれ読んで咄嗟に「左利き矯正」がイメージされたのは、やはり私も「(無理矢理)型にはめる」という印象を受けたのは間違いなく、ベビースプーンが社会の拘束の第一歩目である、という発想には底知れない怖さを感じます。
こういう歌好きなんだよな。自分の産んだ赤ちゃんを見ながらどこか目線が醒めていて、でも実はこの人に限ったことではなく、みんなそうなんだろうなと思う。母親がハッピーだと思う方が集団幻覚に近いんだろうなって。
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