2026年4月22-28日
・長嶋有『三の隣は五号室』
・イタロ・カルヴィーノ(米川良夫訳)『見えない都市』
・佐藤究『テスカトリポカ』
・ブルボン小林『有名人の愛読書、読んでみました。』
・東山彰良『流』
以下コメント・ネタバレあり
・長嶋有『三の隣は五号室』
とても好きな感じの小説でした。あるアパートの一部屋の出来事が50年間に渡って描写されていきます。その間に住民は10世帯以上に渡って入れ替わり、途中で設備が取り換えられたり時代が移り変わったりしていきながら、変わっていくものや変わらないものが描写されます。住民は独身だったり居候と2人暮らしだったり単身赴任だったり老夫婦だったり若い家族だったり留学生だったりと様々で、部屋の使い方も一人一人違っています。ものの見方や感じ方も。3人家族のエピソードが心に残っていて、父親が風邪をひいて寝込んでいる日に息子が学校から帰ってくると父親が家にいることに驚き、父親の目が覚めたら息子が目の前に座っていて「お父さん生きてる」と言った話や、息子が見ているテレビ番組を母親も一緒に見ていて「お母さんは〇〇(キャラ)が好き」と言ったら「お母さんって好きな人いるんだ」と驚かれる話なんかがとても、なんか、分かると思った。子供って多分どこかでお母さんには他に好きな人なんかいないだろうと思い込んでるところがある気がする。あとは独身の若い女性が「自分は何らかの“コード”が分からないから人と馴染めない」と思うシーンが印象的で、私もそうだなと思いました。暗黙のコードみたいなものが分かんないんですよね。べらべら喋りすぎちゃうし。なのですっごくお喋りな人といると逆に気が安らぐところもあります。「あいつ一人で喋りすぎだよなうるせえし」とか陰で言われてるような人たちが結構好き。自分よりずっと喋りまくってくれて“コード”を気にしない人って憧れるんですよね。
住民を順番に並べ替えて順番に読みたくなるんですが、順番じゃないとこがいいんだよなー。これは映像や漫画だと逆にごちゃごちゃして分かりにくい気がする。小説っていいな、と改めて思わせてくれる本でした。
・イタロ・カルヴィーノ(米川良夫訳)『見えない都市』
マルコ・ポーロが自分の旅してきた都市についてチンギス・ハンに語って聞かせるという体の小説ですが、都市はいずれも架空のものです。一つ一つのエピソードは短いですが詩的で心をつかまれます。訳者あとがきや解説では「散文詩である」とも書かれていて、それはとても分かると思った。「都市と交易3」のエウトロピア、「精緻な都市5」のオッタヴィア、「都市と名前2」のレアンドラ、「都市と死者1」のメラーニア、「都市と交易5」のエメラルディーナ(これはヴェネツィアでしょうか)、「都市と空4」のペリンツィア、「連続都市3」のプロコピア、「隠れた都市2」のライッサ、「都市と空5」のアンドリア、「連続都市4」のチェチリア、「連続都市5」のペンテシレアなどが好きでした。
何らかの寓話とかそういう意味があるのだろうなと思わせるエピソードもあるのですが、そんな読み方しなくても楽しいと思います。楽しいというか、なんだろうな。『三の隣は五号室』と『見えない都市』は並行で読んでいたのですが、不動産屋のチラシの間取りを眺めながら空想したりするのが好きだった頃の気持ちを思い出しました。こういう間取りならこんな生活ができるなとか、こんな街だったらこんな風に暮らせるな、みたいな。
・佐藤究『テスカトリポカ』
南米ギャングと日本の闇医者が出会って…みたいな感じの骨太クライムノベルです。こういう話好き。好きすぎて一日で一気読みしました。『イン・ザ・メガチャーチ』(朝井リョウ)の感想で「もっとノワールな話期待してたのでちょっと肩透かしだった」みたいなこと書いたんですが、この小説はガチのノワールで、売ってる“物語”のダークさも半端ないです。闇医者末永が「子供の心臓を売るときは一緒に“心臓を奪われた子供たちは幸せだった、あなたの体の中で幸せに生き続けるのだ”という“物語”を付けろ、これこそが日本式アフターサービスだ」と指示したあたり読んでてゾクゾク止まんなかったです。流血や殺し合い、心臓えぐり出す場面など一般的にグロと認識されそうなシーンは多いんですが、作者のフェチっぽいものは感じなかったのでグロテスクだと思わなかったし、エロがなかったのもよい。感情移入できそうなキャラクターがコシモの師匠だけで他は徹底して一般民とは一線を画した人物として描かれ、そういう硬質なとこもよかったです。コシモの師匠と順太(少年)が最後キーパーソンになって話を動かしていく流れも好きだった。
それにしても最後の参考文献の量に圧倒されました…。すごすぎる…。
・ブルボン小林『有名人の愛読書、読んでみました。』
これは長嶋有の別名義です。これ読んでて、やっぱり群像劇書けるような人って人が好きなんだろうなーと思いました。私は全然芸能人とか有名人に興味がないので、もし同じ本を読んだとしてもこんな感想は絶対書けないもんな。面白そうな本も正直つまんなそうな本もありましたが、どれもいい感じに切り取って本人と絡め、決して貶めない形で書評を書いていて、小説読んでても思ったけど目線が優しい人だと感じた。長嶋有の小説の感想ネットとかで拾ってると「作者は女性かと思った」という感想が散見されるのですが、この書評読んでても目線の優しさが感じられます。特に三浦綾子『ひつじが丘』(これを愛読書として挙げてるの吉田羊だった)に対し、男たちの告白する内容が底を抜いている、許すといっても限度があるのではないか、こんな男たちは全員捨てた方がいいなどと書いてあってなんかじんときてしまった。三浦綾子はキリスト教の信者なので“ゆるす”というのは神の救済的な意味合いなのかもしれませんが、普通の人間には許せないこともあるよなーとやっぱり思います。許せることが常に正しいわけじゃないよなと。
・東山彰良『流』
これと『テスカトリポカ』は、『宝島』(真藤順丈)が好きーとか言ってたらChatGPTがお勧めしてくれた小説で、どっちもめちゃくちゃ面白かったです。『流』の方は台湾が舞台の話で、翻訳文学かと思った。文体も話に混じるちょっとしたジョークも海外文学みたいだし、あと家族の歴史が連綿と語られる中で自分の未来をちょい見せさせる構成が『自転車泥棒』(呉明益)に似てると思ったからかもしれない。主人公は元秀才ですが替え玉受験で小金を稼ごうとしたことから転落人生を歩むことになります。そうこうしているうちに最愛の祖父が何者かに殺され、どうもその理由は祖父の過去(抗日戦争で残虐行為を行ったこと)にあるらしい…。台湾の中にも、日本統治時代に日本人として過ごし日本兵として戦い日本を故郷として恋い慕う人たちもいれば、抗日戦争を戦った後で終戦直後に大陸から渡ってきて日本人を悪鬼のように憎みいつか大陸に戻ることを夢見る人たちもいるのだ(あるいは、いたのだ)ということを実感として初めて知りました。そんな複雑な状況の中で過去の因縁を解くほぐしつつ、幽霊と会ったり幼馴染に恋をしたり兵役に行ったり振られたり別の女性と二度目の恋をしたりする様子が描写されていきます。最後は二度目の恋の相手とも別れてしまうんですが、全部終わってから幼馴染と再び出会ったりしないのかなーと思ったりした。別に愛が全てとかじゃないけど、愛についての描写がとても美しい小説でした。