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現代歌人ファイル その171-吉岡生夫 感想

山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

吉岡生夫 

bokutachi.hatenadiary.jp

ステージの父の遺影のまつられてあるところまで行かねばならず

 

 この人の歌集は「草食獣」「続 草食獣」「勇怯篇 草食獣・その3」というタイトルらしく、自分が「草食獣」であるという強いこだわりがあるみたいです。解説をちょっと長く引用しますが、

 

この「草食獣」は他者を傷つけない平和的な人間という寓意があるが、あとがきによるともっと複雑な背景がある。「加えて、自らの手を血で汚すことのなかった潔癖さと引き換えに、なんら、この現実世界とかかわりをもたなかったのだ、という、いわば緩衝地帯に身をおいた青春のくやしさを記念して、とでもいっておいた方が妥当なようである。」。この「緩衝地帯」が示す意味は、どうやら学生運動がさかんだった青春期と、警察官として殉死した父との関係性にヒントがあるようだ。運動家である友人に父を権力の犬呼ばわりされたことへの怒りがあったのだ。父を思うあまりに反権力の側にも権力の側にも立てなかった。そしてそのような中途半端な立場のまま生きるためには、吉岡の世代では現実から目を逸らし続けるしかなかったようだ。それが、永遠の心の傷となっている。

 

とあります。

 

 1951年生まれですから、60年代後半から70年代に青春を迎えていて、友人が運動家、父親が警察官、というのはかなり苦しい環境出会ったのかもしれません。私には想像でしかないですが…。

 この場合、「肉食獣」なのは友人なんだろうか、それとも父なんだろうか。そして彼らはPredatorなんだろうか、Scavengerなんだろうか。もし「草食獣」が他者を傷つけない平和的な人間の寓意であるとすると、友人や父に対して「他者を傷つける攻撃的な人間」である、といった感情を抱いていたことになりますけど、本当にそうなのかなぁ。想像ですけど、当時は「男子たるもの肉食獣であるべし」みたいなノリで、その中で俺は腑抜けだ、といった感覚だったのではないかと感じました。

 

無頼にもなりきれざれば右の肘するどく曲げて突く赤き玉

 

こんな歌もあります。戦わないことが、「現実世界とかかわりをもたなかった」というのは違うんじゃないか、と今の感覚でいうと思うんですけど、当時はそういう状況ではなかったのかもしれません。

 ですが、例えば父親が権力側にいたとしても、反権力側として活動した人だっていたのではないだろうか。だから「どちらの側にも立たない」というスタンスを貫くことも一つの思想の貫き方だと思うんですが、どうなんでしょうか。

 

 この人の背景はともかくとして、完全に個人的な感想ですが、「草食獣」=優しい、平和、「肉食獣」=獰猛、戦闘的、といった区分けはあまり好きではありません。Wikipediaで「草食動物」と検索すると、その定義というか生態的特徴を最も端的に示した一文として、

 

植物食性動物を肉食動物と比較した場合、生態上、最も大きな違いは「食物が逃げないこと」である。

 

とあります。要は植物も動物も「生命体」である、という観点からすると、捕食対象が動くか否かの違いでしかないと。まー、草食獣、種族によってはけっこう体大きくて獰猛ですしね(笑)。

 

ふきさらしの下りホームにこの夜ふけ人畜無害の身を立たしむる

 

一人の女の運命を狂はせしことさへなくてバスに揺らるる

 

 こういう感じの歌を読むと、自分なんかいてもいなくても同じ、という感覚なのかな。

 

さりげなくコップに花の挿してある部屋あかるくてきみ娶りたり

 

ってあって、奥さんがいたようなので、もし私が奥さんだったら悲しいな。自分の夫が、「一人の女の運命を狂はせしことさへない」って思ってるっていうのはさ。解説には、

 

「誰も傷つけない」「人畜無害」という自己像が、他者との関係を持つことに臆病であるだけにすぎないと気付いている。

 

とありますけど、自分を過小評価しすぎることには傲慢な面もありますよね。誰だって誰かの運命を変えてるし、完全に人畜無害でもいられないし、誰かを捕食せずには生きられないのではないだろうか。どうして「そうでない」と言えるのだろう。最後に

 

「緩衝地帯」の住人であり続けるからこそ、自分に果たせる役割がある。そう信じることにより、「草食獣」はついに優しく誇り高き動物になれるのだろう。

 

とあり、やはり、中立で居続けること自体、一つの思想の貫き方なのではないかと思いました。

 

 

孤独だねわたしがいてもいなくても闇に浮かんだふたつの目玉 (yuifall)