山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。
やすたけまり
やまのこのはこぞうというだいめいはひらがなすぎてわからなかった
この歌、どこかで見たことあるなーって思ってたのですが、多分穂村弘の『ぼくの短歌ノート』の「ひらがなの歌」の章にあった気がします。この時は、やすたけまり というひらがなの作者名であったこともあり、一般投稿作品かと思ってました。面白い歌作る人いるんだなーって思って記憶に残っていたのですが、歌集も出している歌人の方だったんですね…。
確かにひらがなすぎるとよく分かんないんですよね(笑)。小学校の先生とか、混乱しないのかなー。習っている漢字しか使えないしばりあるし、そもそも1年生とかだとカタカナさえも使えなかったりするからちょっとした文章書くのも大変だ。
ほらやっぱりポリプロピレン、とはずんでる きみに見られたノートの表紙
これもどこかで読んだことがある気がしますがこちらは思い出せない。なんとなく親和性のある歌が多いような気がします。解説に
やすたけが懐古のアイテムとして用いるのは日本全国どこでも通用するような文房具などが多い。風土性というものをほとんど意識することがない幼少時代だったのかもしれない。やすたけの回想の歌には、時代性はあるが地域性がほとんど見られないのである。
とあり、「地域性がほとんど見られない」ゆえに「少女期の回想」といった意味で、私だけではなくて色んな人に親和性が高い歌なのかもしれないとも思いました。
さすがに
「今月の組み立てふろく」のりしろがずれてゆがんだ太陽の塔
とかだと時代もあるし共感できるかは人によると思うのですが、
分度器をふたつに割ったピックだけ残していつのまにか少女は
ひとつだけあかるい場所をつくるため重い暗幕かかえて進め
などの「分度器」「暗幕」は多分誰でも思い出せるものかなと思います。
また、この人の歌集は「ナガミヒナゲシ」というタイトルで、植物が詠われた歌が多いようです。
ポップコーンみたいに増えて困ってる ないしょで蒔いたフウセンカズラ
本棚のなかで植物図鑑だけ(ラフレシア・雨)ちがう匂いだ
みたいに心惹かれる歌もあれば、
根もとから一センチにはトゲがないママコノシリヌグイこわくない
みたいに ? となる歌もあり、解説に
しかしこの博物学的な詠みぶりは、土地に根ざしたものとして植物を見ていない印象がある。まるで図鑑を片手にモチーフを探して歌を作っているようだ。
とあるのとまったく同じ印象を私も受けました。図鑑を見ながら、全部の植物の特徴を歌にしよう、っていう試みみたいな、目の前に本物があるような感じを受けない歌です。
どんな人なんだろうなー。花好きの人なのかな。それともひらがなの多い柔らかい詠い方とは裏腹に、植物の研究者だったりするのでしょうか。
干潟再生実験中の水底に貝のかたちでねむるものたち
なんて歌読んでると普通に研究者なのかな、って気もします。
蜜吸って歩いたレンゲツツジにも毒があるってGoogleは言う (yuifall)