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現代歌人ファイル その46-小川真理子 感想

山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

小川真理子 

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傷つけあふ言葉なき教本を持ち日常会話クラスへ向かふ

 

 この人の歌、とても興味深く読みました。フランス語の先生のようで、生徒は社会人みたいです。「傷つけあふ言葉なき教本」っていう言葉、なぜか分からないのですがすごく胸に響きました。確かに教科書ってそういう言葉あんま載ってないですよね…。今まで考えたことなかったな。

 「傷つけあう言葉がない」っていう言い回しと「日常会話」という単語が、まっすぐ接続しているのかねじれているのかよく分からなくて、その淡々とした感じに心惹かれました。傷つけあう言葉が載っていない→だから教科書と現実は違う→それでももしそんな日常であれば、っていう風に捉えたのですが、もしかしたら単純に「まあ所詮は教科書だし」って意味なのかもしれません。

 

なつかしい風景のせゐ「まだ好き」と朽ちかけの橋渡つてしまふ

 

 この歌はとても切ないですね。「朽ちかけの橋」は、途切れそうな関係の暗喩かと思うのですが、朽ちかけていてもまだ繋がってはいて、なつかしい風景にそそのかされて「まだ好き」と渡ってしまう。でもそれはおそらく美しい思い出にただ縋っているだけで、渡った先に何があるんだろうか。対岸まで行けたのだろうか。もしかして、行ったらもう戻れないのかもしれない、と思う一方で、でも人間関係って本当はそうじゃないですよね。朽ちかけた橋でも渡ってしまえば大丈夫、戻れなくても大丈夫、たどり着けばそこでハッピーエンド、ってわけじゃなくて、橋は渡し続けなくちゃならない。だからここでもし渡れたとしても、多分次はもう渡れないだろう、という切なさが透けて見えます。

 

ひとつ屋根の下で暮せば紋白蝶(もんしろ)のやうにあなたに逢ひにはゆけず

 

 結婚生活を詠った歌が、なんていうか、また切ないです。最初は「青き言葉で求婚されぬ」と、ちょっとはにかむような初々しい幸せの気配を感じるのですが、旦那さんは戦場報道の仕事をしているようで、「「助けて(イルハウー・ニー)」まづ覚えむとする君」「明日のことは分からぬ」「君を憎んでしまふ」「家族が増えてゆかない」といった、夫不在の結婚生活のわびしさがある種冷静に詠われています。

 相手の愛情が失われることも辛いけど、自分の愛情が失われていくさまを直視するのも辛いですよね。他人のものじゃなく、自分のものであっても、愛にしがみついてしまうというか。そこをはっきり詠っていく覚悟が、何というか、沁みます。

 

 

今日も雨 真横を向いて眠るときあなたのことはもう思わない (yuifall)