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桜前線開架宣言-松野志保 感想2

左右社 出版 山田航編著 「桜前線開架宣言 Born after 1970 現代短歌日本代表」 感想の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

野志保②

 

 「BL短歌」というムーブメントがあるそうで、

 

相聞歌を即異性愛として理解する文脈への抵抗

 

といった解説がなされています。

 ただ、誰か歌人の人が何かのインタビューで言ってたのですが(ソースがないうえにかなりうすぼんやりしたあやふやな情報…。ほんとすみません…)、「ぼく」という言葉を使う時性別を意識していない、と言っていたような…、そしてそういう感覚は分かるなーと思ったんですよね。

 だから、例えば相聞歌でない歌の多くが性別を問わないように、「ぼく」と「きみ」であっても、両者の性別はどうだっていいんじゃないかと思ってます。性別が明記されていない限り、A(ぼく)からB(きみ)への相聞歌であっても、AもBも男、女、中性、両性、無性、トランスジェンダー、のどう読んでも勝手なんじゃないかな!ですので、「ぼく」という一人称を使って男性に対する恋の歌を詠んでいても必ずしもBLとは限らないのかなーって気もするんですが。

 

 ただ、この人の歌に関しては

 

手詰まりのチェス放置してベッドへと雪崩れる僧正(ビショップ)と騎士(ナイト)のように

 

というものもあり、これは明確に男同士ですね。でも、

 

いけないことはみんな本から教わったひとつの書架として君を抱く

 

なんかは、どっちでもいいんじゃないかなーって気もします。この歌好きだな。実践じゃなくて本から教わったっていうあたりが、頭でっかちの文学少女っぽくて共感するわ(笑)。しかも多分想像だけど、この「本」ってポルノじゃなくて三島由紀夫とか江戸川乱歩とか谷崎潤一郎とか夏目漱石とかオスカー・ワイルドとかなんだよ(笑)。いわゆる匂う系ね(笑)。

 

 

動機なら、ジャック、黙っていてあげる「愛してるんだ」「英語で言える?」 (yuifall)

ステージでJohn Legendを弾くきみはぼくを見てたね、彼女じゃなくて (yuifall)

 

 

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